“東京の宝”を、世界へ、未来へ
開放的な空間に広がる、伝統の重みと鮮やかな革新を想起させる黒と蛍光グリーンのコントラスト。そして点在する、いくつもの展示台──。『何が生まれる?展』が光を当てるのは、江戸東京で100年以上にわたって受け継がれてきた伝統技術を軸に、新しい感性やAIを含むテクノロジーを取り入れながら革新を続ける、43の企業の“技”だ。
本展は、こうした“東京の宝”の魅力を磨き上げ、東京を代表するブランドとして国内外に広く発信する取り組み「江戸東京きらりプロジェクト」(東京都)の主催によって開催された。
「日頃から、身の回りの道具であれ服飾品であれ、口にする食べ物であれ、『これはどうやってできているんだろう?』と想像する癖があって。ものが生まれる背景には、純粋な好奇心があるんです」。会場に足を踏み入れるなり、そう話すのは菊池亜希子さん。学生時代に建築を学んだ後、モデル、俳優の道へ。活動を続けながら、手仕事に関わる情報発信を著作やメディアを通して行い、絶えずものづくりへの関心を持ち続けてきた。
「原体験は小学生の頃だと思います。幼馴染みのお父さんが大工をしていて、掃除や手伝いをするという名目で、建物が建つ現場によく遊びに行っていました。木を削ったり、切ったりする作業は、当時の私にとってごく日常的な風景だったんです。あと、地元には柿農家が多く、一つの食べ物をどういう人が作り、収穫し、どんな場所を経て出荷されるか、その一連も当たり前のように見ることができた。幼い頃から、“あらゆる産業はものづくりから始まっている”という感覚を自然と持てたことが、今の考え方に繋がっているのかもしれません。今回の展示は、まさにものの背景にある技術に焦点が当たるとのことなので、楽しみです」。期待を胸に、早速展示を見て回ることに。
道具や原材料から、何が生まれるか、を想像してみる
会場内はゆるやかに、削る/描く/組む/染める/育むという5つのブロックに分けられる。ガラスケースとボックスが組み合わさった展示台にはそれぞれ、完成品と、製造に用いる道具もしくは原材料が対になって陳列されるのだが、ユニークなのはその見せ方。最初に来場者の目に入るのは、ガラスケースに収められた道具や素材のみで、ボックスに付されたスライド式の蓋を開けることで、初めて完成したプロダクトを目にすることができる。「この道具や素材から、一体何が生まれるんだろう?」との想像を促すひと工夫が、“もの”自体ではなく“技”に光を当てるという本展のコンセプトを象徴している。
「普通は、プロダクトばかりに目が向きがちですが、よく考えてみれば本来は、技術がなければ生まれないものであり、どちらも同じように主役と言えるはず。今回は完成品が隠してあって、道具や原材料からその後の姿を想像するというのが面白いですね。これは、なんだろう……」
そう言ってまず菊池さんが近づいたのは、「育む」の一角にあった3つの包丁。「身卸し包丁に、頭切り包丁、……もしかして、鰹節?」。そうつぶやきながらボックスを開けると、置かれていたのは東京・日本橋の鰹節専門店〈にんべん〉の本枯鰹節と鰹節削り器。この鰹節は、4回以上のカビ付けと天日干しを繰り返し、半年かけて熟成させるという江戸時代からの伝統製法で作られている。3本の包丁は生のカツオを捌く際に用いられるのだという。
順に展示台を回りながら、まずはガラスケースに目をやり、続いて蓋を開けて答え合わせをしていく。高級浴衣の老舗〈三勝〉が手がける、ビニールコーティングされたゆかた地から生まれた最先端のビーチ草履や、日本で初めてビニール傘を開発した〈ホワイトローズ〉による、最新の接着技術から生まれた折りたたみ式のビニール傘など、随所にはテクノロジーとの融合も窺える。
「現代の生活スタイルに沿うようにそれぞれ進化しているんですね。伝統にあぐらをかかず、歩みを止めない姿勢が素晴らしいと思いました。古くから続いているもの、と聞くと、漠然と、今の暮らしとはかけ離れた“価値あるもの”だと捉えがちなのですが、展示されている道具やプロダクトを見ていると、古さはあくまでも技術の積み重ねにすぎず、今や未来と地続きのものなんだと実感します」
創業400年以上の老舗が手がけるブースで江戸扇子の絵付けを体験
会場内の一角には、ものづくりの一端を体験できる「ワークショップ」のコーナーも設けられていた。この日行われていたのは、天正18(1590)年創業の扇子と団扇の老舗〈伊場仙〉による、ステンシルを使った扇子の絵付け体験。菊池さんも挑戦してみることに。
桜形のステンシルシートとともに手渡されたのは、15本の骨と和紙で作られた江戸扇子。15代目の吉田拓史さんいわく、「江戸の武家文化では“粋”な作りが良しとされ、京扇子と比べると、絵柄は大胆で、骨の数が少ないのが特徴です。かつてはこうした扇子や団扇の絵柄として、オリジナルの浮世絵を採用していました。2025年の大河ドラマの主人公にもなった蔦屋重三郎と同じように、浮世絵の版元、今でいう出版プロデューサーのような役割も担っていたんですよ」とのこと。
長い歴史に思いを馳せつつ、絵付けの作業をスタート。「手を動かすのは好きなので、つい夢中になってしまうんです(笑)」との言葉の通り、まっさらな扇子の和紙部分に黙々とスタンプを押し当てていく菊池さん。ほどなくして、オリジナル絵柄の江戸扇子が完成した。
「桜形の花びらの部分だけを使って、夏から秋にかけて、緑から黄色へと少しずつ色づく葉っぱをイメージしてみました。伊場仙さんが手がける絵柄が美しいのはもちろんですが、こうして自分が手を動かして完成させたものだと、自分の日常によりカジュアルに引き寄せられるのが嬉しいです」。対して吉田さんは、「点数をつけられないくらい素敵です」と太鼓判を押していた。
ものづくりへの支持は、日々の買い物から
最後は、展示されていた技術を起点に生まれたプロダクトが並ぶ物販スペースへ。職人が手植えした宇野刷毛ブラシ製作所の靴ブラシや、手作業での寝具作りを貫く森製綿所による、廃棄予定の電車の座席シートを活用して作ったクッションなど、上質にしてユニークな品々を手に取り、いろんな角度から眺めてみる。
「靴ブラシは実用性が高そうですし、電車のクッションは取り組みとしてすごく面白い!AIやテクノロジーが進化して、いろんなことが効率化されるようになりましたが、やっぱり人の手を介したものだからこその魅力や価値があるなと実感しますし、長い時間をかけて積み重ねられた技術や思いが淘汰されていくのはもったいないなと。そうした中で、買い物って、何を支持するかという一番身近な意思表示だと思います。難しく考える必要はないですが、ものの背景を知る好奇心を持ち、そこに目を向けてものを選ぶことは、大人としての一つの責任なんじゃないかなと思いますね」
展示をじっくり観察したり、時に作り手と言葉を交わしたり、会場内をひとしきり満喫した菊池さん。最後にこう話してくれた。
「ものはもちろん、その製造を支える道具にも、それぞれに作り手がいて、一工程一工程、リレーのように思いが受け継がれているんだなと改めて感じました。今日も何人かの作り手の方とお話ししましたし、仕事柄、いろんな生産者の方とお話しする機会がありますが、皆さんに共通するのは、自分たちが生み出すものを我が子のように大切に思っていらっしゃること。自分が日頃手にするものが、いくつもの愛情と静かな誇りを乗せて届いたものだということを、いつも忘れないでいたいなと思います」
















