整った音楽は、ブレない軸から組み上げる
「映像作品において音楽は、世界観を彩る一つの要素であり、印象を大きく左右する存在になり得ると言っても過言ではありません。音楽の効果で、実際よりも映像をゆったりと感じさせたり、逆にテンポよく見せたり、時間を思いのままに操れるのが劇伴の役割だったりもします。そうやって映画を観ている人の感情や感覚を自分が意図した通りに動かせる状態が、劇伴では“整った音楽”と言えるものなのだろうと思い、取り組んでいます」
映像の世界では、時に脚本や映像以上に音楽が強烈な印象を与えることもあるそうで、「不自然な展開を強引に成立させる劇薬っぽい使い方ができるものでもあるので、そうはならないようにブレない軸を作ることがすごく大切です」と心がけているという。そのため、まずは劇中曲の核となるコンセプトを自分なりに探り、摑(つか)むことから曲の輪郭を描いていくという。
「現在放送中のNHK連続テレビドラマ『ばけばけ』では、主人公のモデルとなった小泉八雲の妻・セツが生まれ育った島根県松江市を曲のコンセプトにすることを決め、その土地ゆかりの“音”をフィールドレコーディングすることから曲作りをスタートさせました。松江大橋、小泉八雲旧居、洞光寺、宍道湖(しんじこ)など、セツの足跡を辿り、例えば鐘の音や夕暮れ時の生活音などを収録し、曲に忍ばせることで、松江の息遣いを映像の中に響かせています」
整えるのは、音より先に環境
そうやって生まれる牛尾さんの音楽は、圧倒的な没入感がある。昨年は劇場版『チェンソーマン レゼ篇』やTVアニメ『ダンダダン』などの音楽を担当。現在も4〜5本の企画を並行し、多忙な日々を送っている。
「慌ただしい毎日を送っているためか、はたまた40歳を過ぎたからか、近頃は疲れをため込むようになりました。体調が万全と感じられた日は、もう記憶の彼方。特に、スタジオに籠(こ)もる楽曲制作では座り仕事が増えるので、椅子にもこだわって〈ハーマンミラー〉の《アーロンチェア》を愛用しています。日光が入らないスタジオに数日籠もっていると、体内時計が狂い、今が何時なのかわからなくなることもある。だから毎朝の切り替えのスイッチとして、コーヒーを飲む。それが数少ない生活のルーティンになっています」
そうやって働くリズムや環境を自分なりに整えながら、決められた納期に向けて劇中曲を仕上げていく。一方で、agraph名義でのソロ制作は、まったく別物なのだという。
「納期に手放せる劇中曲と違って、自分自身の楽曲制作は終わりがありません。取り組み始めて、そろそろ10年を迎えるアルバム作品もあります。制作を始めた頃は、まさかこれほど時間がかかるとは思っていませんでした。自分の都合で納期を決められるソロ活動は、1000分の1秒まで突き詰めていくような作業なんです。完成間近の曲でも、一度聴くと、また手を加えたくなる。とにかく時間が過ぎていきます」
そうやって細部にまで意識を巡らせていると、自分の手足のように扱えるツールの存在があることが大きいのだという。
「中学生の頃から慣れ親しんでいる、音楽制作ソフト『DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)』が頼もしい相棒です。スタジオにもマイパソコンを持ち込み、機材とつないで制作に励む。そうすることで、思うがままに曲を仕上げることができます。1000分の1秒を詰めていくソロ制作は、ある意味で自分との持久戦です。体のことよりも、まず思い通りに手が動く環境を作ることが、創作には重要です」
MY STYLE 曲の1/1000秒を整える、中学時代からの相棒
10代の時に手に取った音楽雑誌『サウンド&レコーディング』に掲載された石野卓球のインタビューで知った音楽制作ソフトウェア「DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)」を30年近く愛用。
「これで石野卓球さんになれると思い、見よう見真似でいじり始め、今では自分の手足のように動かせる相棒のような存在です。音楽理論の知識がなくても作曲をサポートしてくれるので、気がついた時には楽曲制作にのめり込んでいました」

WHAT’S AUGER?→《電動フェイス&ノーズトリマー》
「スタジオに数日籠もると、髭が熊みたく伸びてしまうんです」という牛尾さんには、胸ポケットに収まるサインペンほどのサイズの《電動フェイス&ノーズトリマー》がおすすめ。4種のアタッチメント付きのため、眉や顔周りのムダ毛と、鼻毛の処理が一本で叶う。コンパクトなアイテムなのでスタジオにも持ち込める。

PLAYLIST with AUGER 何を聴くかで、自らの心まで思いのままに
背筋を伸ばして仕事と向き合う心の準備を整えるために静かに聴きたい10曲をリストアップ。「最後の曲『For Bunita Marcus』の終盤からゆっくりとフェードアウトさせ、そっと鍵盤に手を置くと、気分が切り替わります」