私の本棚の、主。ミュージシャン・荒内佑

折に触れて読み返したり、一読の衝撃が忘れられなかったり。あるいは、腐れ縁のようになぜかずっと捨てられなかったり。自身の本棚に鎮座する“主(ぬし)”のような本を題材に、ミュージシャン・荒内佑さんがエッセイをしたためた。

illustration: Tomo Oriyama / edit: Emi Fukushima

高さ二メートルの本棚にこの一冊が収まるまで

三十歳を過ぎた頃、バンドでニューヨークに行くことになった。この話が新宿の居酒屋で持ち上がった時、僕は頑(かたく)なに反対した。インド旅行で「人生変わった」とか語る大学生と同じではないか──だが渡米は決まった。

偶然、ニューヨークに住むトランペッターの黒田卓也から楽曲のリミックスを依頼されたからだ。東京でもできるが、ニューヨークに行く理由ができた。理由があるなら行くしかない。

滞在中のタスクは三つ。まず自分の曲に黒田卓也とコーリー・キングのホーンを入れる。素晴らしいテイクを一時間で録(と)り終える。ホテルでその日の録音を聴いたことが忘れられない。次はリミックス。黒田さんを含めた現地のジャズメンとバンドの三人で録音する。入念にデモを作っていたのでうまくいく。

三つ目はセッション。当然、演奏が拙い三人と最前線のプレイヤーでは音楽的な対話は成立しない。あらぬ方向に進む演奏に失望し、頭が真っ白になる。

東京に帰って一週間、半ば放心して考えた。一生かかっても彼らのように演奏はできない。だけど作曲なら、希望はあるかも知れない。そう思って一から音楽を勉強し直すことにした。本屋へ行き『ザ・ジャズ・セオリー』を買う。画集のような大型本。

ジャズの作曲がしたい訳ではないが、基礎的な理論を網羅していた。それから二年間、毎日ページを開く。そうして自分の作風は壊れ、また数年かけて違う形に変わっていった。いつも出しっぱなしだったその本は、今は本棚に収まったが、そこを起点として音楽にまつわる本は増え続けている。

『ザ・ジャズ・セオリー』マーク・レヴィン/著 愛川篤人/訳
ジャズピアニストである著者が手がけたジャズの理論書。750以上の譜例や資料などの具体的なデータが盛り込まれた実践的な一冊で、世界中のプロミュージシャンに愛読されている。エー・ティー・エヌ/8360円。

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