解説:田中せり(アートディレクター、グラフィックデザイナー)
たなか・せり/1987年茨城県生まれ。2010年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。同年、広告代理店入社。企業のロゴ、展覧会の宣伝美術などに多く携わる。
文字が遊び、絵が踊る、デザイナー仲條正義の仕事
絵や写真、文字が軽やかに舞うようなデザインが「おどっている」とも評された、グラフィックデザイナーの仲條正義。資生堂社の企業広報誌『花椿』のアートディレクターを40年以上務め、資生堂パーラーのロゴやパッケージ等数々のクリエイティブを担当した仲條の没後5年となる展覧会『うたう仲條 おどる仲條―文字と画と、資生堂と』が資生堂ギャラリーで始まった。
会場には、資生堂の仕事を含む、作品約200点が一堂に会した。展覧会や音楽関連のアートワークを多数手がけ、学生時代から仲條デザインに刺激を受けたというグラフィックデザイナーの田中せりとともに仲條デザインの魅力に迫った。

「学生の時から『花椿』はよく見ていて、デザイナーってなんて楽しそうな仕事なんだと思っていました。大学卒業後、私は広告の仕事をしていますが、実はあんまり広告が得意じゃなくて(笑)。どちらかというと手の中に収まるサイズのデザインや、日常の中で使われるもののデザインに興味がありました。仲條さんはもちろん広告の仕事もされていますが、どちらかというと世界観を構築し、身近なものに転用していくようなデザインが多い気がして。仕事や展示は、常に興味深く追っていました」
仲條は1933年、東京に生まれた。東京藝術大学美術学部図案科(現デザイン科)を卒業し、56年に資生堂宣伝部に入社するが、3年間在籍したのちに独立。
66年から『花椿』のアートディレクションに携わり、その後75年にセレクトショップの先駆けである〈ザ・ギンザ〉のロゴ等を手がけ、その後78年からザ・ギンザが企画したオリジナルブランドの〈タクティクス・デザイン〉のロゴやグッズ等を手がける。
展示を見ているとよくわかるが、いわゆるロゴや広告だけを監修するのではなく、トランプや灰皿、時計から車までをデザインし、レストランのアートディレクションに関しては、お皿やメニューのデザインまで手がける。一人の作品とは思えない莫大な仕事量だ。
「仲條さんは編集者でもあるように思います。『花椿』ではもちろん、その他の仕事でも。トレンドと文化や、言葉選び、プロダクトの展開など、編集的な考え方でデザインをされていたのだなと。
また、“本歌取り”が得意な方だったといわれていますが、それも腑に落ちました。ゼロから何かを作るのではなく、あるものから引用しているんだけど、そこに違和感を与えたり、不思議な間やリズムを加えたりすることで、仲條さんのデザインになっていく。どこか懐かしさを感じるんだけど、いつの時代かがわからないのが面白い。
あとは、常に自分のルールを決めて遊びを作る。例えばポスターというと、何かのメッセージを伝達する役割もありますが、仲條さんのポスターは違う。その都度自分にルールを課して、その中で遊んだ結果がポスターになっている。その中には、なんでこの形が生まれたんだろう、という理解しきれないものがたくさんある。だから見ていて飽きないのかな、と。
そうしたルールが、ポスターになったり模様になったり、立体になったりしてアルゴリズムのようにどんどん生成されていくから、無限にデザインが作れる気がするし、だからいつ見ても古びないのかもしれない。東京銀座資生堂ビルのカレンダーや、椿のスタディ(屏風の作品)とかを見ると感じますね。常に楽しみながらデザインしていた様子が窺えます。ルールで遊ぶ、という仲條さんの姿勢は、“もっと遊びなさい”と言われているようで、すごく刺激になりました」

