“喪失”を描くことで、クロエ・ジャオが描きたいと思うこと。映画『ハムネット』について聞く

不朽の戯曲『ハムレット』の誕生背景を、シェイクスピアの妻アグネスの視点から描く映画『ハムネット』。16世紀末のイギリスで平穏に暮らすアグネスと夫、そして子供たちを不幸にも疫病が襲い……。そんな喪失感の中から光を見出す物語を、どのように映画化したのか?監督・クロエ・ジャオさんに話を聞いた。

photo: Masanori Kaneshita / text: Yusuke Monma / edit: Emi Fukushima

「私は人が何かを失うことをずっとテーマにしてきました」と監督のクロエ・ジャオは言う。

「例えば信仰を失うとか、家を失うとか。今回の作品では主人公が子を失いますが、心理学者のカール・ユングはこう説いています。喪失することにより、人は真の自分を見出すのだと。私が描きたいのは、そのプロセスなんです」

あの頃、私自身も喪失感を抱えていました

クロエ・ジャオは喪失を描くことにより、人間本来の、あるいは世界の、美しさに目を向けてきた。「例えば創造と破壊、秩序と混乱、それらはどちらも宇宙の不可分な一部です。生と死もそうですよね」。彼女は続ける──。

「つまり喪失の痛みが大きいほど、より大きな生の喜びを得られる。私はそう信じています。喪失を恐れることは、人生をより深く経験することの妨げになるかもしれません。なんて不条理な話だろうと思うけど。でもその不条理を作品に内包することで、人間を噓なく描き出すことができるんです」

2020年の監督作『ノマドランド』は、第93回アカデミー賞において作品賞を含む3部門を制した。中でも非白人女性として初となる監督賞の栄誉は、彼女に順風満帆なキャリアを約束した、はずだった。しかし21年のマーベル・スタジオ作品『エターナルズ』は、興行的にも、批評的にも低迷した。彼女は成功を手にすることができなかった。

「4年くらい前、私自身も喪失感を抱えていました」

彼女は『ハムネット』の製作に取りかかった頃を振り返る。

「だから自分の心の奥深くまで降りていって、痛みや恐れと向き合わなければいけなかった。でも最も深いところまで行き着いた時、反転して、やがて光が見えてきたんです。暗い深淵にとどまり、耐えることで、新しく生まれ変わることができた。『ハムレット』の中の有名な一節 “To be, or not to be” はおそらく、シェイクスピア自身のそのような深部を通って出てきた言葉なんでしょう」

『ハムネット』は第98回アカデミー賞で8部門にノミネートされるなど、数多くの賛辞を得た。彼女は今回の作品製作を通じて、新たにまた歩み始めたのだ。

『ハムネット』
監督:クロエ・ジャオ/出演:ジェシー・バックリーほか/『ハムレット』誕生の裏には、愛息ハムネットを亡くした、シェイクスピアと妻アグネスの深い喪失感があった……。史実を大胆に解釈したマギー・オファーレルの同名小説を映画化。2026年4月10日、全国公開。

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