どういうわけか、
私はその店を買った

一年前の今頃、たまに飲む仲である「新宿のマキさん(50歳くらい)」ら数人と共に、飲み屋から飲み屋へとひらひらと浮遊しながら酒を呷っていた日のことである。
時間が深まると共に一人、二人と帰っていき、明け方の頃には妙にアルコール強度が高いマキさんと私だけが残されており、帰ろうかと店を出たはずなのにマキさんは当然のように次の店へと向かっていくので、酔っているわりに歩くのは異常に速いその背中に向かって、もう四時ですよと、往年の毎日放送の番組名を言っているみたいになりながらも小走りで追う他なくなっていた。しばらくすると歌舞伎町のど真ん中の雑居ビルのエレベーターの中にマキさんが吸い込まれていくので、慌てて私もエレベーターに滑り込めば、ボタンは9の数字が光っていた。
食パンが焼き上がったみたいな、チン、という甲高い音と共にエレベーターのドアが開くと、そこにはいきなり巨大なワインセラーがあった。圧倒されるというよりは、物理的に圧迫された。むっちゃ邪魔ちゃうんこれ、と思いながらも、さらにもう一歩踏み入れば、そこにはまたいきなり「店」そのものがあった。
広いとはいえない面積だがゆとりのある空間に感じられ、古びたカーテンや木製のテーブル、傷んだ椅子が並ぶ装いは、洗練された印象ではないけれど確かな清潔感があった。それから、カウンターにスキンヘッドのおっちゃんが一人座っており、険しい顔をして何かを作っている。それがプラモデルだとはっきり認識するよりも先に、そのおっちゃんはこちらに気がついて振り向き、おお、と言った。
マキさんは当然のようにカウンターに座り「何してたの」とおっちゃんに尋ねる。そうすると逆におっちゃんは立ち上がり、カウンターに広げてあったプラモデルの残骸を集め片付けながら「プラモデル作ってたんだよ」「孫が好きでさ」と言う。訳も分からず店内を見つめる私に「座れば」とおっちゃんが言い、私は大人しくカウンターに座ってコートのポケットからタバコを取り出す。さっきまでプラモデルを作っていたおっちゃんがごく自然にカウンターの中に入っていって手を洗うので、お店の人なんや、と思った。
それからマキさんにそのおっちゃんの紹介や店の紹介をしていただいたような気もするが、覚えているのはその人が「亀さん」という名前であることと、歌舞伎町で25年もこの店をやっているということ、彼はワインオタクでこの店はワインバーなのだということ、孫のためにプラモデルを作っている、ということくらいである。
ワインはあまり好きではなかった。ワインが好きではないというより、「ワインを好きだと申告する人たち」が好きではなかったのかもしれない。奴らはワインのあるところにどこからともなく湧いてきては、頼んでもないのにグラスを揺らし、聞いてもないのにべらべらとワインについて産地だとか酒造方法だとかを喋りだしてくる。そのやり口はほとんど何かの妖怪にも思え、目的がわからないので不気味ささえ抱くほどであった。たとえ妖怪ブルゴーニュ揺らしに何かを薦められて飲んだとしても、美味しいか美味しくないかを述べるだけでは到底許してくれず、そんなことでは逃してくれなさそうなおっかなさと居心地の悪さがある。故に私は突如として降ってきた「ワイン」という単語に身体は硬直し、心は萎れかけ、めんどくさいな、ワインなんか飲みたくないな、と、思っていた。
しかしながら郷に入れば郷に従え、ワインバーなる場である以上ワインを嗜むのが礼儀であろう。そんなことはわかっちゃいる。わかっちゃいるけどやめられない。やめられないのは、ワイン好きを申告する、あの気取ったような人たちへの、恐怖心だ。
で、あるからして私は颯爽と「いったんビールを」と注文した。さりげなくワインを避け、いったん、などとつけることでこの先のワンチャンブルゴーニュを仄めかすことにも成功し、ワインバーにおける摩擦さえも避けている、咄嗟にしては素晴らしい一言である。我ながら自分の聡明さにため息が出そうであった。
するとおっちゃんは「え?ワイン飲まないの?ワイン飲まないなら帰れば?」と言った。「ワイン飲まないなら帰れば?」。えっ、と思わず声が出る。なんという衝撃発言であろうか。私の素晴らしい一言であったという自己分析はワイン好きと申告する人にはなんの効力も持たず、カウンターの頭上に吊るされたワイングラスたちにかつんかつんと跳ね返されて私の頭にごつんと降り戻ってきた。時刻もとっくに明け方四時頃になっていただろう、ワインを飲む飲まないにかかわらずこんなもん普通に帰ったほうが良い。
しかし、ワイン飲まないなら帰れば、まさかそんなことを言われるとは、なんやねんこのおっちゃんは?と思いながらも、不思議とそれが嫌じゃなかったこと、むしろ、あ、と、思ったことが強烈に印象に残っている。反射的に「そんなんやからワイン好きは嫌やねん」と言えば、おっちゃんもマキさんも笑っていた。私はなにか安心し、そしてその安心感を得られることを、とっくに確信していた気もするが、そんなのは後付けなような気もしている。
それから小一時間ほどだろうか、「ワインを好きだと申告する人」であるおっちゃんとマキさんは、やっぱりワインについてナンタラカンタラとやかましく喋っており、マキさんに「ちょっと飲んでみなよ」と薦められてワインを一口飲んだ後でタバコを吸おうとすると、おっちゃんに「ワイン飲む時はタバコ吸うんじゃねえよ」と言われた。私も私で「面倒なこと言わんといてくださいよ」などと舌打ちと共に応戦してはおっちゃんも「なんだよ」と言って、マキさんは笑っていた。おっちゃんの目を盗んでタバコを吸ってバレて「コラッ」と昭和のカミナリ親父さながらの台詞を言わせることにも成功したりしていた。とにかく一瞬でよくわかったのは、私はこのおっちゃんとこの店が好きだということだった。
それからほどなくしたある深い夜、新宿で飲んでいた帰り道、ふとおっちゃんのことを思い出してふらりと一人で店に行った。深夜の歌舞伎町は、横にマキさんがいないとこんなにも変な人たちに声をかけられるのか、と、改めて衝撃を受けていた。
おっちゃんは変わらずカウンターでプラモデルを作っており、他にお客さんはもちろんのごとく居ない。急に現れた私を一瞥したおっちゃんは「おお、ワイン飲まないだろ」と笑った。私も、はい、と言った。
カウンターで、ビールを一杯と、カルパッチョを食べながら他愛のないことを話し、それから私はおっちゃんに、あることについて尋ねた。おっちゃんは「良いこともあるし悪いこともあるけど未来のことを考えることだ」というようなことを言っていた。未来、というその単語に、その時の私は強い痛みを感じた。青タンが残る膝にめがけて真っ直ぐパンチを喰らったような鈍痛だった。未来のことは考えたくない、と言うと、じゃあ何考えるの、とおっちゃんは言って、何も考えたくない、と言えば、それじゃあどうしようもないな、と笑っていた。それじゃあどうしようもなかった。どうしようもないような時期だった。
その日もおっちゃんに小言を言われつつ私はワインを一口も飲まずにビールばかりを飲んで、かぱかぱとタバコを吸い、目玉焼きを食わせてくれと頼んだ。あの日も私は明け方までいたのだろうか、冬の歌舞伎町は夜更けも明け方もどうにも判別がつかない。
それから二週間も経っていなかったと思う。マキさんから、「亀さん」が死んだという連絡があった。突然店で倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだという。マキさんは「亀さん」が死んだ日もあの店に行こうとしていたが予定変更で別の場所に行くこととなったらしく、あの日行っていれば、と、呟いていた。私は、歴史にイフは野暮ですから、と、言ったが、マキさんは黙っていたので、多分あれは励まし大失敗だったのだろう。今振り返っても我ながら気の利かない台詞すぎて白目を剥きそうである。
それからマキさんと一緒に「亀さん」を忍ぶ会に行った。「亀さん」の奥さまは明るく、気丈に振る舞っていた。奥さまに比べて、マキさんに比べて、「亀さん」と出会ったばかりだった私が一丁前に皆さんと同じような喪失感や悲しみを抱くことも違うような気がして、感傷的になったり何かを述べたりすることは遠慮しようと思っていたのに、誰よりもはつらつと佇み「この人も幸せですね」と話す奥さまの姿も相俟って、結局、人目も憚らずぐじゃぐじゃと泣いた。マキさんがハンカチを貸してくれたので「鼻水も拭いて良いですか」と尋ねると「えっヤダよ」と言われて一瞬で取り上げられた。非情な男である。奥さまのご友人がポケットティッシュをくれたので、マキさんにもポケットティッシュを横流しすると、俺は昨日さんざん泣いたから、と、言っていた。
それから、どういうわけか、私はその店を買った。未来のことを考えることだ、と偉そうに言って、全員の未来からも、自分自身の未来からも、急にぱっといなくなってしまった人の店だった。未来とはなんと薄情ものであろうか。あんなにもおっちゃんは未来のことを考えていたのに、未来はぽっといなくなった。
おっちゃんよ、未来のことなんて考えたところで何になる、あんなもんいつどこにいっちゃうかわからないフーテンの旅芸人みたいな野郎ではないか、どうしてそれを信じてやれる、どうしてそれに期待してやれる、やっぱり私はこれからのことなど、未来というものなど、私たちが生きていくことなど、波にも風にも抗えぬ小さな笹舟でしかないわけだと思う、それでもその笹舟の行き先は否応なく次の瞬間、いわゆる未来へと向かっていく、向かわされていく、おっちゃん、やっぱり、未来のことなど考えてみたってこれっぽっちも意味がないと思う、それじゃあどうしようもないねって、こんなの、どうにも、どうしようも、ないじゃない。
運命と呼ばれるものにさして興味がないのは、日々のさりげない一瞬一瞬のことがそれに匹敵することを知っているからだろうか、それともその言葉がなにかを考えることをやめてしまった人たちの使いやすいものに思うからだろうか。日々、その瞬間、右に曲がるか左に曲がるかで、見る景色も出会う人も変わり、白い靴を履くか赤い靴を履くかで、会った人からの印象は変わり、捉えられた印象によって会話が生まれ、生まれた会話から縁が生まれる、縁が生まれれば、何が、生まれるのだろうか。
右にいく、白を選ぶ、何を言う、何を食べる、何をして何を聞く、たったそれだけのようなことが、いいも悪いも大なりも小なりも想像だにしなかった時間や場所や人々のもとへと自分を連れていくことがある。
分かりやすい出来事に運命という名を付けたくなることは理解できるけれど、生きる瞬間の全てが全てを動かしていくのだから、私はやっぱり日々のあらゆることがどうにもそういうことに思えて仕方がない。そうして「亀さん」が私の人生に突然あらわれて、私にひとときの安心感だけ残して、すぐにいなくなったこともまた、そういうことの一部な気がしているけれど、果たして一体どういうことなのか、今はまだどうにも説明がつけられない。とにかく「亀さん」が突然あらわれ、突然いなくなったことで私が店を買った、それだけが確かな現実であり、なんだか「亀さん」というおっちゃんは、まるで私に歌舞伎町で店をやらせるために私の人生に登場したみたいにすら思える。否、他の目的があったのだろうか、否否、他人の生死に目的なんて勝手に意味付けを求めている自分がはしたないし、運命論なんかよりもばかばかしくてしょうもない。
そしてあれから一年が経った。
この一年、私が店を買ったことで、あることにマキさんを巻き込んでしまった。マキさんは「俺が決めたことだからいい」と言ったが、私は必ずマキさんにいい思いをさせようと、これに巻き込まれて良かったと思ってもらえるようになろうと決めた。
従業員として働きたいと言ってくれた人たちの中から5人を採用した。彼らははっきりと私の笹舟に巻き込まれにきていた。スナックでもバーでもなく、なぜかビストロのナポリタンが美味しいお店になった。店に集まってくれる人たちが増え、料理が美味しくて居心地が良いと言ってくれる人たちができた。従業員たちとも、客たちとも、出会ってしまい、言うなれば、互いに巻き込まれ合っている。もう出会う前に戻ることはない。どういう因果か、出会ってしまった。出会ってしまえば、どうしたって影響を与え合う。
従業員や客たちに対して、私と関わることで何かひとつでも持ち帰ってもらえるものを与えようということもまた決めた。それが後悔を持ち帰らせることになるか、憎しみを持ち帰らせることになるか、経験や出会いを持ち帰らせることになるのか、それは各々の心が決めることだから私はアンコントロールだが、私が真剣でいることでしか良いも悪いも何も与えることなどできないことを知っている。真剣でいるというのは、仕事に対して、店に対してではなく、生きることそのものに対してだろう。私じゃない人たちは別にそうでなくてもいい。日々を過ごすことを舐めていてもいい。自分の一挙手一投足に責任を持つことをせず、他者からの影響をないがしろにしてもよい。それが自分自身の人生をどう左右するかを理解せぬまま人生を終えることもまた、自分自身が引き受けるしかないことだ。しかしながら、他がどうでも私だけは必ず真剣でいようと、それはおよそ意地のような気持ちで、言葉通り、頑に張るしかないらしい。
そして、これもまたどういうわけか、これまで抗ってきたワインというものをたくさん飲むようになった一年だった。ワインを飲むようになったら、行く店が変わり、行く店が変われば、出会う人も変わった。何より、私のワインに対する思考も変わり、妖怪だと思っていた人たちは、少しだけ人間の顔に見えてきた。きっと「亀さん」がまだいれば、未だに私はワインを毛嫌いしていたかもしれない、いや、やっぱり、歴史にイフなど野暮であろう。
そんなわけで私は35歳で歌舞伎町に店を買い、36歳で店を経営しはじめた。お笑いをしに東京にやってきたというのに、ただでさえ本業も激務であり、まだまだ精進していかなければならない身であるのに、一体何をしているのか、全くもってこの人生そのものがお笑い草である。私だってこんな未来、一粒だって想像だにしていなかったけれど、私の笹舟はふらふらと揺られてここにやってきたのだから仕方がない。なんとも強度の無い、帆を持たぬ情けない笹舟である。
日々は受容と諦観の繰り返しであり、希望も絶望も持たないことがきっと賢いのだろう。こんなか弱い笹舟など、ただ吹く風、ただ打つ波の前ではあまりに無力であり、角にぶつかれば行き先が変わり、小岩あれば乗り越えようと試みることくらいならできようが、ひっくり返ったとて川の流れは止まらない。真剣に生きるしかないということは、生かされているということで、そうしてゆらゆらと行き着く果てには、どんな大海に出るのか、あるいは小池か、はたまた泥沼か、それは神のみぞ知るのだという。しかし、そんなの私だって、そうした事の顛末を一人だけ知っておいていい気になっているタイプの神とは口も聞きたくない。神のみぞ知る、じゃなくて、知った時点で神はちゃんと我々に共有すべきやん何してんねん、なにを一人だけ知っていい気になってんねん、一人だけ全部を知りながらニタニタしながら見守っているなんて、なんか意地悪で悪趣味ちゃいますのん。きっと神とワインを一緒に飲んだら「知っている」ということを振り翳してワインのこともやかましく言ってきそうであり、それに対してうるせえ、と、歯向かってもちっとも笑ってくれなさそうだ。全くもってつまらない野郎である。私は神とはワインを飲みたくない。そして亀さんとももう飲むことはない。では私はこれからどんな人たちとワインを飲んでいくのだろうか、そして、あれほど鈍痛だった未来のことを、薄情ものだと吐き捨てた未来のことを、考えては思いを馳せてこんなところに書きつけているこんな未来にきていることもまた、一粒の想像だってあの日はしていなかった。おっちゃんもまた、プラモデルを未完成にしたまま自分がいなくなるなんて、あの日は想像もしていなかったことだろう。
やっぱり未来のことなど信用できない。ただ、今自分が持っている全てに責任を持ってやっていくことしかない。そうして風でも吹けば向きも簡単に変わり、抗えないものもありながら、それでも、未来というものに進んでいくのだという。未来のことは知らない。何が正解なのかも知らない。資産運用をしたほうがいいのかもしれない。知ったこっちゃない。一年後、三年後、五年後、生きてるかどうかさえ分からないのに預けられない。ばかばかしい。ばかばかしいと言っている私が一年後、どんな未来を迎えているのかも知らない。のたうちまわって後悔しているのかもしれない。もうこの世のどこにもいないのかもしれない。知らない。分からない。なんでもいい。ニーサ。ふん。
本当はこの連載ではくだらないことばかり書きたいのに、なんだかこんなような話が続いている。やや剥き出しすぎるのではないかと懸念している。次回からは通常通り、くだらないことばかりをふざけて書いて参ります。シェー。
今月のヒコロヒー
