超軽量メガネ、サウナ用メガネなど、それまでになかった“新しい視点”で世の認識を変えてきた日本発のアイウエアブランド〈ジンズ〉。現在、海外7カ国でも店舗展開をしているなかで、台湾には90以上もの店舗があり、カルチャーシーンでも唯一無二のブランドとして注目されている。そこで、去る1月14日、〈台湾ジンズ〉とBRUTUSのスペシャルトークイベントが開かれた。登壇者は、〈ジンズ〉CEOの田中仁さん、〈台湾ジンズ〉社長の邱明琪さん、小誌編集長の田島朗の3人。台北市内の会場は100人を超える観客でぎっしりだ。


田島朗
みなさんはじめまして。ちょっとドキドキしますが、『BRUTUS』という雑誌を前から知ってたよ、っていう方はどれくらいいらっしゃいますか?
(多くの手が挙がる)
田島
ありがとうございます、胸がいっぱいです。『BRUTUS』は1980年に創刊し、2024年に1,000号を迎えた隔週刊誌です。現在は“NEW PERSPECTIVE for ALL”、つまり、どのように世の中を見るかという「新しい視点」を全ての人に届けましょう、という指針で雑誌をつくっています。ファッションから食、旅、音楽などのカルチャーまで、特集の切り口はさまざまですが、なかでも人気なのが、通称「ひとりブルータス」です。
邱明琪
ひとりブルータス?どんな内容ですか?
田島
ジャンルは問わず、僕たちが知りたいと思うひとりの方にフォーカスし、一冊まるごとで紹介する特集号です。これまでですと、映画監督のクエンティン・タランティーノさんやフォトグラファーのブルース・ウェーバーさん、漫画『スラムダンク』の井上雄彦さん、小説家の村上春樹さん、音楽では坂本龍一さんや山下達郎さん、星野源さん、桑田佳祐さんでも一冊作りました。このシリーズで、2025年に編集したのが、〈ジンズ〉の創業者、田中仁さんにフォーカスした『JINS 田中仁を知っていますか?』です。
田中仁
そもそも『BRUTUS』さんはどうして〈ジンズ〉に注目してくださったのですか?
田島
「群馬県の前橋市にある〈白井屋ホテル〉がとても面白いよ」という評判をいろんな人から聞いて、行ってみたんですね。そうしたら、このホテルをつくったのは〈ジンズ〉の田中仁さんという方なんだ、と。それで「僕たちになじみの深いアイウエアブランドの経営者が、なぜ前橋のホテルを?田中さんってどんな人なんだろう?」と興味がわいたんです。しかも、〈ジンズ〉の経営と同時に、ご自身の故郷でもある前橋のまちづくりに深く携わっているという。その2つがどんなふうにつながっているのかを知りたくなりました。きっと『BRUTUS』読者にとっての“新しい視点”にもなるだろうと思い、田中さんにお手紙を書いたんです。
田中
実は企業家が地域活動をしていても、人に理解されづらいんですよね。「田中はまちづくりで金儲けをするつもりなのか」なんて言われたこともありました。お手紙をいただいたのは、それが少しずつ理解され始めたタイミングでもあったので、とてもうれしかったことを覚えています。

田島
邱さんは田中さんの特集号の話を知ったときにどう思われましたか?
邱
田中さんがいつも話しているのは、「前橋の活動と会社経営は直接関連がないように見えるかもしれない。でも実は互いに影響し合っていて、まちづくりの活動が経営に役に立つこともたくさんある」ということ。それを広く知ってもらえるのはうれしいな、と思いました。
田島
この本を通じて伝えようとしたのもまさにその点です。田中さんを「企業経営」と「まちづくり」という2つの側面からひもとくことで、今までにない経営者の読み物になるんじゃないか。そう思って、特集をつくり始めました。巻頭では「ひとりブルータス」でも特集したことがある〈ほぼ日〉の糸井重里さんと対談をしていただきましたね。
田中
糸井さんも前橋市の出身ですが、前橋とは距離を置いていると聞いていたんです。ただ、まちづくりという大きなことを始めるには、糸井さんの力が必要で。2015年にようやく会ってもらえて、「自分はどうしてもまちづくりをしたいんです!」と熱く話をしたら、「あんた、バカだねぇ」って言われました(笑)。
田島
初対面なのに(笑)。
田中
でも、それは糸井さんにとって褒め言葉だったんです。本気になっている人は傍から見るとバカに見えるんですって。「あなたは本気でやっているんだね。じゃあお金じゃなくてボランティアで手伝うよ」と言ってもらいました。
〈ジンズ〉の魅力は「人を巻き込む力」
田島
特集をつくっていて印象的だったのは、いろいろな分野の方が田中さんを中心に集まっていることでした。〈ミナ ペルホネン〉の皆川明さんもその一人ですね。
田中
皆川さんとつながったきっかけも、メガネではなく前橋。僕の話を知って「ぜひ前橋のまちづくりに協力したい」と、〈白井屋ホテル〉のすぐ隣に〈ミナ〉のショップを出店してくださったんです。
田島
いっぽうで、メガネのデザインの仕事からつながりが始まったのが、世界的なデザイナーのジャスパー・モリソンさん。
田中
そうですね。その後〈白井屋ホテル〉をつくるときも「ジャスパーならどんな部屋を考えるだろう?」って依頼したんです。そしたらすぐに町を見に来てくれて……ところが、前橋の町があまりにもさびれていることに驚いて、「田中、お前大丈夫か!?」って(笑)。「この町でホテルなんかつくれるのか」って言うんです。だから「大丈夫じゃないかもしれないけど、やるんだよ」と答えたら、「お前がそう言うなら、今回は仕事じゃなくてボランティアでつくるよ」と。
田島
糸井さんと全く同じ(笑)。〈白井屋ホテル〉だけ見ても、ジャスパーやレアンドロ・エルリッヒ、宮島達男さん、建築家の藤本壮介さんなど錚々たるメンバーが集まっている。やっぱり田中さんは、人を巻き込んでいく力がものすごいんです。僕もいつのまにか巻き込まれているわけですけど、その巻き込み力が一番の魅力だなって思います。
田中
実は今、そうやって地域で活動してきたことが少しずつ形になってきているんです。たとえば昨年は、ロサンゼルスのアボットキニーに〈ジンズ〉の旗艦店をオープンしました。アボットキニーはロサンゼルスでも最も感度が高いエリア。日本のブランドが出店するのはかなり難しいのですが、オーナーさんが僕のまちづくり活動を知って、そういう人のブランドならば、とOKしてくれたんです。
田島
今年3月には、銀座の中央通りに新たなお店もオープンしますね。中央通りといえば、〈ルイ・ヴィトン〉や〈カルティエ〉などのラグジュアリーブランドや〈アップル〉の旗艦店が立ち並ぶ目抜き通り。そこに〈ジンズ〉ができるのは、我々にとってもセンセーショナルなできごとです。
田中
銀座のオーナーさんも建築に造詣が深い方で、〈ジンズ〉が建築や地域共生に力を入れていることを知って、私たちを選んでくれたと聞いています。
田島
よくわかります。〈ジンズ〉のお店はどこも建築が魅力的ですし、町になじんでいて地域の人に歓迎されている印象がありますから。

会社を育て、町を変えるために「種」をまく
田島
前橋ではブックフェスなどのイベントも企画されていますね。
田中
糸井さんの発案で始めたブックフェスは、本の売り買いじゃなく、お金を介さない「古本の交換会」というユニークなイベントです。なんと2日間で8万人近く集まった。今までの前橋では考えられなかったほどの人出です。
田島
今年もありますか?
田中
次回はもう少し先ですね、というのも、今年は9月から『前橋国際芸術祭』という大きなイベントを予定しているんです。まちなかにあるタテヨコ500mの約25ヘクタール、つまり、歩いて1、2時間で回れるくらいの中心市街地にアートをちりばめます。アートだけじゃなくて、踊りや音楽や文学、さらに食もあるんですよ。料理もアートだということを前橋から世界に提案する、大きなチャレンジだと思っています。
田島
なるほど。田中さんは町が変わっていくきっかけというか、“種まき”をしているんですね。
田中
ビジネスと一緒ですよ。ビジネスには、この種をまけばうまくいく、この投資をすれば必ず成功するなんていう確証は一つもありません。うまくいくかもしれないし、いかないかもしれない。でも、うまくいく気持ちで種をまかなければ絶対うまくいかないんです。そして、本気でやっていれば、どんどん火種が大きくなっていろんな人が巻き込まれます。焚き火と一緒で、はじめに火をおこすときはすごくエネルギーがかかるんです。ところが、種火がおきて木が燃え始めれば、多少湿気のある薪を放り込んでも燃え続ける。重要なのは火をつけて大きな炎までもっていく作業。そこを自分が担っている感覚です。
田島
その話で言うと、田中さんが起こした〈ジンズ〉が、今の台湾でどんなふうに広がっているのかを、ぜひうかがいたいですね。邱さん、〈台湾ジンズ〉での取り組みをお話しいただけますか?
邱
私は2015年に、他業界から〈台湾ジンズ〉へ転職しました。初めて田中さんに会ったときの印象は、驚くほどいろんなアイデアを持っている方だなあということ。未知の業界に飛び込むのはリスキーだけれど、この人と一緒にチャレンジしてみたいという気持ちが芽生え、田中さんに巻き込まれました(笑)。当初のオフィスは古くて小さくて、天井の上をねずみが走っていたほどでしたが、台湾の仲間と一緒に頑張って、現在はお店も93店舗。今年中に100店舗をめざしています。
田中
〈ジンズ〉は今、日本、中国、アメリカ、台湾、香港、フィリピン、モンゴル、ベトナムで展開していますが、〈台湾ジンズ〉の100店舗はすごい数です。
邱
台湾にある日本ブランドの中で100店舗を達成するのは、多分ウチが最速になると思います。

〈台湾ジンズ〉のユニークな取り組みとは?
田島
〈ジンズ〉が台湾でこんなに人気なのはなぜだと思いますか?
邱
まず、台湾には親日家が多く、日本のものづくりに好意的な雰囲気があります。また、〈ジンズ〉が提供する価値が受け入れられていることも大きいです。価値というのは、商品そのものの良さだけでなく、関わる人の理念やビジョンですね。たとえば、台湾で毎年行われる「サービス大賞」では、日系企業の中で唯一5回の金メダルを取りました。スタッフが接客に力を入れて一生懸命頑張ってくれた結果だと思います。
田島
いろいろ興味深い活動もされていますが、「廢鏡新思(フェージンシンスー)」というのはどういうプロジェクトなんですか?
邱
SDGsの意識喚起から始まったメガネのリサイクル活動で、今年で5年目になります。お客さまから不要になったメガネを回収して、そのフレームとレンズを再利用したアート作品にしているんです。
田島
ええと、これは……ゴジラ?〈ジンズ〉の古いメガネでゴジラができているっていうことですか?
邱
はい、ゴジラは環境破壊で汚染された海から生まれた生き物なので、そういう背景も表現したかったんです。

田島
回収するだけでなく、アートという新しい形にするという視点が〈ジンズ〉らしくて面白いです。アートをテーマにしたのは、〈台湾ジンズ〉のアイデアですか?
邱
そうですね、ただ、田中さんがアートに力を入れていることもヒントになりました。ほかにも、〈ジンズ〉の移動車両で地方や町を訪問し、メガネのフィッティングなどのサービスを提供する「JINS GO」や、ペットと暮らすことの豊かさを提案する「JINS 芝生音楽祭」などのイベントを行っています。どちらも参加は無料ですし商売にはなりません。台湾ではこういう試みを行っている企業が少なくて、経営者としては、商売と結びつかない活動を続けることの葛藤も感じています。ただ、毎回たくさんの方が参加して楽しんでくださっているのを見ると、私たちもうれしいし、最近では台湾政府から「一緒にこんなことをしませんか」というオファーをいただくことも多くなりました。前橋の活動と同じで、企業が社会貢献をしていることを、人はちゃんと見てくれるし評価してくれている。とても励みになります。
田島
こういった〈台湾ジンズ〉の活動や、台湾での愛され方を、田中さんはどのように感じていらっしゃいますか?
田中
日本の事業部は〈台湾ジンズ〉を見て勉強した方がいいんじゃないかと思っているくらい、企画も発想もうまいんですよ。邱さんのアイデアの力とチーム力は大きな強みだと思います。
田島
では最後に、今後の〈台湾ジンズ〉の目標を教えてください。
邱
5年以内に台湾でNo.1のアイウエアブランドになることです。売り上げや規模だけじゃなく、認知度や好感度も含めたNo.1ですね。知って、好きになってもらわないと商売はうまくいかない。これはチーム全員で共有している目標です。
田島
雑誌も全く同じです。ブランドとして長く愛されるためには、どういったアクションをすれば面白いと思ってもらえるのか、皆さんに幸せになってもらえるのか、そこが非常に大事なことですよね。〈ジンズ〉や〈台湾ジンズ〉のアクションは、僕自身にとっても非常に勉強になりました。
邱
ありがとうございます。〈台湾ジンズ〉も春には100店舗を迎えますので、ぜひ遊びに来てください。
田中
〈ジンズ〉はまだ発展途上ですけれども、ビジネスとまちづくりを同じ目線で進めるという、ほかにはない会社を目指しています。「ジンズっていい会社だね」とみなさんに言われるような会社にしていきたいです。
田島
素敵ですね。僕たちも「ブルータスっていい雑誌だね」と言われるように、新しい視点を大切に、面白いことを発信していこうと思います。

