時間と空間を捉えることで映画特有の美しさは生まれる
こんなにも詩的で深遠な野球映画があっただろうか。カーソン・ランドの長編初監督作『さよならはスローボールで』は、これまでに作られてきたほかの野球映画とは、本質的に大きく異なっている。
取り壊しが決まった地方球場の最後の一日。集まった草野球チームの面々は、別れを惜しむかのように、日没後まで試合を繰り広げ……。失われゆくものの美しさを描いた、まったく新しい視点の野球映画。
「アメリカの野球映画全般に言えることだけど、メインはストーリーで、野球はその背景でしかない。そこには野球本来のリズムやニュアンスが欠けていると思う。野球の試合展開の遅さは、詩的な豊かさとつながっているし、球場はさまざまな人たちと触れ合える、社会的かつ文化的な場でもある。
僕は野球が提供してくれるそういった価値を、この映画で描きたかったんだ。でもそんな贅沢な時間や空間は、時代が大きく変化する今、失われつつあるよね?」

彼に言わせれば、時間や空間を記録し、保持できるところにこそ映画の美しさがある。
「もちろん映画にはストーリーテリングの側面もあるけど、僕が大事だと思うのはもっと感覚的なことだ。映像作家のジェイムズ・ベニングの場合、彼の作品にはほとんどストーリーがなく、ただ時間と空間が光や音によって捉えられている。僕はそれが映画特有の美しさだと思うんだ。
中でも時間そのものを観る人に体感させることが、映画にとっては大事だよね。たくさんのセリフと複雑なストーリー展開がある映画を観ると、僕は迷子みたいな気持ちになってしまう。時間が流れ、それにより空間が広がっていく、そんな映画に魅力を感じるんだ」
市井の人々の日常を描く。そこに日本映画の魅力はある
彼はロサンゼルスを拠点に、その独創性が注目を集める映画製作集団〈オムネス・フィルムズ〉で活動している。と同時に、映画ライターとして執筆活動も行う。日本映画への造詣も深く、「美しい日本映画はたくさんあるから大変だけど」と言いながら、彼はいくつかの作品を挙げてくれた。
「2014年にハーヴァード・フィルム・アーカイブで溝口健二の全作品を観て、映画の観方が一変するほど衝撃を受けたんだ。中でも好きだったのは『お遊さま』かな。もちろん小津安二郎や成瀬巳喜男も大好きで、小津の『浮草物語』や成瀬の『驟雨』は特に素晴らしい。
アメリカ映画が伝統的にヒロイズムを描いてきたのに対し、日本のクラシック映画はスポットライトの当たらない、市井の人々の日常生活を描いているよね。それが魅力的だと思う。

最近の映画で印象的だったのは『祖谷物語−おくのひと−』。山奥に生きる人々の日常が描かれていて、四季折々の風景が本当に美しかった。『ナミビアの砂漠』も、普通の人たちの暮らしを描く日本映画の伝統を引き継いだ作品だと思うよ」
結局のところ、と彼は言う。
「素晴らしい映画には、作り手が何を美しいと考えているかが提示されている。作り手の美意識が表れているかどうかが、優れた映画の判断基準なのかもしれないね」

カーソン・ランド監督が考える日本の美しい映画

東京から山村にやってきた青年は、山奥で暮らす少女たちと出会い……。徳島県の秘境・祖谷(いや)を舞台に、人々の変わりゆく暮らしを描く物語。完成に3年の歳月を費やし、全編35mmフィルムで四季折々の美しい自然を記録した。©NIKONIKOFILM