京都の「受け継がれた余白」。御幸町三条〈アスタルテ書茶房〉

素晴らしい空間やサービスだって、提供する側にも受ける側にも気持ちにゆとりがないと楽しめない。私たちにほかでは得難い体験を与えてくれる名店の主たちはなおのことだろう。御幸町三条にある古書店としても喫茶バーとしても利用できる〈アスタルテ書茶房〉店主に聞いた、店のあり方と、“京都の余白”。

photo: Shoko Hara / text: Atsushi Takeuchi

伝説の古書店を、20代の店主がそっと引き継いだ

古書店の多い京都にあっても、ひときわ、異端の存在だった〈アスタルテ書房〉。ビルの一室にあって看板はなし。意を決して店内へ入ると、店主の美意識に貫かれたインテリアと、シュルレアリスムや幻想文学を中心とした書棚に取り囲まれる。

街の喧騒とは無縁な反時代的な古書店だったが、2015年に店主が逝去。後を継いだ夫人も高齢となって24年末には閉店が発表された。この店の空間と蔵書を受け継いだのが西條豪さん。京都ですでに〈しんしんしん〉〈多聞〉という2軒の深夜喫茶を経営している西條さんには、京大文学部時代に古書店でバイトしていた経歴がある。

京都〈アスタルテ書茶房〉店内
アスタルテ書房と縁の深い画家・金子國義の本や版画を集めた一角。

「前の2軒でも本がゆっくり読める場所にしたいという意識はありましたが、アスタルテの蔵書には自分で集めるのが難しい本も多い。より濃密な本と自分だけの世界に入り込めるはず」(西條さん)

古書店としての営業はそのままに、コーヒーやウイスキー類を揃えて喫茶バーとしても利用できる形を整えた。加えて、深夜喫茶で培ってきたごく自然体での接客スタイルも導入。

「居心地の点では、程よいゆるさも大事。元の店と同じことはできないですし、間口は狭そうでもいろんな人を受け入れられる場所にしたくて」。手に取りやすい本の蔵書も少しずつ増やしながら、西條さんによる新しい形のアスタルテが始まっている。

京都〈アスタルテ書茶房〉店内
外界の様子が全くわからなくなる店内、BGMもごく小さな音量で。

余白のある名店〈アスタルテ書茶房〉の主が語る、京都の余白

たとえ同じ場所でも、夜しか味わえない気配がある

深夜に一人でも迷い込めるような場所が欲しくて、在学中に深夜喫茶を始めたのですが、そもそも社会が動いている日中には見えてこない、深夜でしかない気配、得体の知れなさが好きで。夜の今出川通を歩くだけでも、時間が止まったような感覚が味わえます。

京都の今出川通
しんと静まる、深夜の今出川通 今出川通は、京都の碁盤の目を東西に走る大通りの一つ。西は立命館大学そばの北野白梅町あたりから、同志社大学と京都御所の間を抜け、鴨川を渡り、京都大学の前を通って、東は銀閣寺のすぐそばまで。大学生たちにとっての通学路でもあるが、夜が更けた時間帯、特に百万遍交差点を東へ越えて、〈深夜喫茶しんしんしん〉のあたりへと足を向ければ、驚くほどの森閑とした雰囲気に包まれる。正面に見える大文字山の眺めを独り占めして通りを歩くだけでも、心の静まる時間を過ごせるはず。

あとは、歴史的建造物にも惹かれます。時間の重みがある建物に身を置くと、自分が相対化されるようで抱えているものから離れられるので。京都に数多くありますが、和洋折衷の建物が魅力的な長楽館がおすすめです。

京都〈長楽館〉内観
円山公園を望む大邸宅、長楽館 明治時代の実業家で、煙草(たばこ)王とも呼ばれた村井吉兵衛が1909年に建てた迎賓施設〈長楽館〉。食堂や球戯室、美術室など、部屋ごとに用途を変えつつ様々な意匠を施した豪壮な建物で、その1・2階にある7室が現在、〈デザートカフェ長楽館〉として利用できる。2024年には51点の家具と合わせて建物が重要文化財指定を受けたが、それらも特に制限なく使われているのも贅沢だ。

京都の「余白のある店、余白のある人」。円町〈源湯〉

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