異なる文化の生き方に触れ、自分の人生を見つめ直す
見知らぬ土地の歴史や生活に触れることが僕にとっての冒険。さまざまな生き方を理解することで、いつの間にか自分自身の人生を見つめ直すきっかけをもらっている気がします。写真家セバスチャン・サルガドの存在は、友人に薦められた『地球へのラブレター』で初めて知りました。
ブラジル出身の報道写真家で「神の目」を持つといわれる、セバスチャン・サルガドの軌跡を映し出すドキュメンタリー。'14仏=ブラジル=伊/監督:ヴィム・ヴェンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド/レスペ+中央映画貿易/5,280円(BD)。
画面に登場する彼の写真は、たった一枚で心を揺さぶるような強さがあり、そのインパクトにただ圧倒されるばかり。彼が報道写真家としてどれほど偉大だったかを、作品を通して実感しました。サルガドは、飢餓や虐殺、戦争など、世界中の人々が抱える苦しみにカメラを向け続けてきました。
しかし、あまりに多くの現実を見すぎたことで、やがて心が折れてしまいます。そして苦しみの果てに見出したのが、故郷の森の再生や美しい地球を撮影するという次のミッション。その人生にも強く惹かれます。
『最期の言葉の村へ』は、他言語や他文化への関心から手に取りました。言語は文化の一部であり、暮らしに深く根ざしているもの。言葉がどれほど生活と結びついているかを知ることは、文化を理解するうえで欠かせない視点だと思います。

多言語国家であるパプアニューギニアでは、800もの言語が使用されている。言語人類学者である著者は、ガプン村に滞在し30年間にわたり村民が話すタヤップ語を研究。彼らの生活や、言語の変化を記録した。著:ドン・クリック/訳:上京恵/原書房/品切れ。
中でも心に残ったのは、言葉が消えていく過程のエピソード。タヤップ語に代わり、トク・ピシン語が使われるようになってきた背景には、植民地時代の労働に関係があります。プランテーションで働いていた人が、現場で使っていた新しい言語を村に持ち帰り誇らしげに話していると、その姿に憧れた人々が自らも村を出ていったそうです。
ほかにも宣教師の伝来や、日本軍などさまざまな人の流入によって環境が変化し言語にも影響がありました。ちなみに、僕の母の母国・ジャマイカで話されているパトワ語も、英語やさまざまな言語の影響を受けて現在の形に。ガプン村と似た過程を辿ったのかもしれないと想像しました。
現実を知ることは、時に辛い。けれども、そうした過酷さもまた冒険にはつきものなのかもしれません。