拠点は探すものじゃなく
つくるもの
神奈川県の西の果て。相模湾にクッと飛び出した真鶴半島に向かって、クリエイターの山本海人さんは週末ごとに車を走らせる。
アパレルブランド〈サノバチーズ〉のディレクター、サンドイッチ店〈バイミースタンド〉を国内外に展開する経営者、飲食事業のプロデューサーといった仕事の仮面を外し、海の町へと向かう。
「3年前に一度東京の暮らしをリセットして、家具を全部売り払ったんです。犬と自分だけ、という状況になったときに、真鶴に両親の別荘があったのを思い出して。東京から少しだけ離れて暮らすのも、悪くない気がしたんです」
7年前に両親が建てた庭付きの一軒家は、真鶴駅からそう遠くない高台にある。テラコッタの屋根に、薄いブルーの外壁。異国のコテージのような雰囲気で、家具も家電も揃っている。
東京から車で90分という距離感なら、往来も苦ではなさそうだ。山本さんは、わずかな着替えと2匹の愛犬を連れ、真鶴へ移り住んだ。

「家全体のイメージソースは、父親が以前泊まったブラジルの〈ウーシュー・カーサ・ホテル〉。
〈ディーゼル〉の元デザイナー、ウィルバート・ダスが、漁師や農家の空き家を改装してつくったリゾートホテルです。伝統技術を取り入れたモダンなデザインに惚れ込んだ父親が、“あんな別荘をつくりたい”と言いだして、真鶴に土地を見つけたんです」
そこでお願いしたのが、家族ぐるみで付き合いのある施工会社リコロンの梶原玲史さん、通称“レイさん”だ。
元庭師という経歴を持ちながらLAで建築を学んだ職人で、山本さんが手がける飲食店の施工でもお世話になっているという。レイさんはタフな仲間たちと一緒に、なんと庭にテントを張ってこの家を完成させてしまった。
「ヒッピーみたいな人で、引き出しが豊富。“こんなふうにつくりたい”というイメージを汲んでアレンジしてくれるんです。父のオーダーは“ブラジルのホテル”だったけど、レイさんはLAに多かったスパニッシュ建築のテイストをミックスしたみたい。
古い家を改装した雰囲気が好きだったから、“新築に見えないように”、そして“ローコストで”という難しい希望も見事に叶えてくれて」
家族のセンスが混ざり合う
無国籍ハウス
2×4(ツーバイフォー)工法で組み立て、建材はどれも温かみのある質感のものを選んだ。間仕切りを極力つくらないことで、玄関からあらゆる部屋へと空間が遮られることなく回遊できる。
ダイニングの床材はパイン。ニスは塗らずにオイルステインを染み込ませ、使い込むごとに味が出るように仕上げている。床暖房入りで暖かく、愛犬のクリームとチーズもよくここで暖をとる。
リビングの床材は寒冷地で育つボルドーパイン。内壁には漆喰を塗り、柔らかい白で部屋を覆った。漆喰には天然の調湿作用があるため、余分な湿気を吸い取り乾燥を防いでくれる。ブラジルのリゾートを目指した別荘だったが、思いがけず機能的な住環境が整っていた。
ゲストハウスは
ドームハウス
釣りから一日が始まる
すぐそばに海のある暮らし
月曜〜木曜は東京で働き、木曜の夜に真鶴へ。最初は慣れない部分もあったと山本さんは言う。
「イヤイヤ来ていた部分も少しはありました。東京では毎週末朝まで飲むのが楽しかったですから。でも、“真鶴に住む”と周りに宣言したら誘われることが減って。むしろ早起きして釣りに行く方が楽しくなってきたんです」
釣りを始めたのは14歳のとき。映画『リバー・ランズ・スルー・イット』を観た父親に、ルアーフィッシングを教えてもらった。大人になってからはたまに嗜む程度だったが、海が近くなった今は頻繁に出かけている。
「ポットにコーヒーを入れ、竿を持って、朝6時くらいから釣り場に行きます。真鶴には釣り人が訪れるスポットがいくつもあるんですよ。アカハタとかカサゴ、たまにヒラメが釣れることも」
穏やかな真鶴の日々を過ごす一方、二拠点生活を始めて少し経った2020年の初め、山本さんは体調を崩して倒れてしまった。
「過去の不摂生が積み重なった結果だと思いました。仕事を広げようと頑張りすぎてましたし。手術もして、一時は歩けなかったんですが、リハビリに励んだら徐々に体幹が戻って歩けるように。ちょうどコロナ禍になったこともあって考え方が大きく変わりました。一人で無理しなくてもなんとかなるって」
今では22時に寝て、5時に起きる。体を心配してか両親も週末に真鶴にやってくるようになり、一緒に釣りをしたり、料理をしたりと、団欒のひとときを過ごしているという。
「普段はバラバラに暮らしているけど、真鶴で集合する。今はすごく、家族の距離感がちょうどいいバランスかもしれません」と山本さん。
そして真鶴でもアイデアマンの血が騒ぎ、画策を始めている。
「役所の人たちがすごくオープンで、“町のためになるなら!”というスタンスなんです。住民には公共の土地を貸してくれるらしく、フェスやイベントで人を呼びたいなと。もちろん町の人のためのお店もつくりたいです。アイスクリーム屋なんて楽しそう」
今は東京と真鶴を行き来する山本さんだが、「いつかボートハウスで暮らしてみたい」という夢を持っていて、つい先日から船舶免許取得の勉強を始めた。真鶴の家のテラスか庭に、新たな小屋をつくる計画も準備中だ。
一つのところにとどまるのは性に合わないし、どちらも実現したいから、軸足を置いて踏ん張る。そうやって、自ずと拠点が増えていく。
