ツーソン・ショーってなに?
アメリカ・アリゾナ州のツーソンで開催される鉱物関連の世界最大の展示・販売会。通称『ツーソン・ショー』。毎年1月下旬から2月中旬にかけて開催され、鉱物標本から化石まで多種多様なものが集まる。ホテルなどを使った大規模会場もあれば公園に鉱物商のテーブルが立ち並ぶフリーマーケットのようなエリアもあるなど、この時期は町の至るところで鉱物の展示・販売会が行われており、その総称が『ツーソン・ショー』なのだ。

The Tucson Fine Mineral Gallery
by Crystal Classics
初日、まずはハイクオリティな鉱物を扱うディーラーとして有名な鉱物商であるCrystal Classicsの今年できたばかりのギャラリーへと足を運ぶ。日本でも非常に人気が高い憧れの存在で、特に、イングランドで産出する鮮やかなグリーンのフローライトを多く取り扱っていることで知られている。こうした超有力ディーラーの中には、ツーソン市内に独自の会場を構えるところがある。


今年のツーソン・ショーからCrystal Classicsは〈The Tucson Fine Mineral Gallery〉(以下TFMG)という独自の会場を新築。そこにほかの有力な鉱物ディーラーを誘致したことが今年のショーの大きな話題となっており、いち早く行ってみたかったのだ。迎えてくれたCrystal Classicsのディアナさんは、自社のジュエリーのモデルも務める、鉱物業界でも特に存在感のある有名人。
TFMGの建設に際し、アンティークの標本棚をたくさんイギリスから持ち込んだそうで、それが新しい建物と美しいコントラストを織り成していた。鉱物棚は産地別に分けられており、ワールドクラスの標本がぎっしり詰まった引き出しを順番に開けていくのは、コレクターにとって至福の時間だ。
中でも気になったのはイギリス産のフローライト。このサイズながら、目立ったダメージや結晶に欠けた部分や濁った部分がほとんどないのは驚異的。


また、この産地のものは、太陽光下では結晶が青みがかった色合いに変化する。UVライトを照射することで色が変化するものは「蛍光鉱物」と呼ばれるが、この標本は自然光下でも同様の反応が起きる「強蛍光」とも呼ばれる人気のタイプなのだ。
また、ロードクロサイトとテトラヘドライトの共生標本も、淡いピンクのロードクロサイトの中心付近に2つのメタリックな光沢の鉱物が共生する対比が美しかった。引き出しだけでなく、多くの標本がガラスケースにディスプレイされているのも印象的だ。
というのも、日本は地震大国であり、また高湿度の気候が鉱物標本に悪影響を及ぼすことがあるため、箱や棚に収納されがちで、こうしてズラリと鉱物標本が展示されている光景はそれだけで感動的なのだ。最後に本棚を押すと出てくる隠し扉の向こう側にある応接室にも案内してくれた。棚の向こうには商談ルームがあり、おそらく高額商品の売買交渉などを行うのだろう。いつか、この隠し扉の向こうで交渉するような標本を手にしてみたいものである。

また、毎年ツーソン・ショーで強烈なコレクションを展示しているコレクター夫婦、Gail & Jim Spannの講演がこのTFMGで予定されているそうで、コレクションの一部が展示されていた。まず目を引くのはフォスフォフィライト。新芽のような形の双晶が美しく、また、このサイズ感の標本はめったに見られない。
そして、パイライトから伸びるロードクロサイトも、これ以上に奇妙なものはないだろう。ユークレースとピンクアパタイトとの共生標本は、非常に珍しい組み合わせで、彼らのコレクションの代名詞的な標本だ。
そして、最も驚きだったのがユークレースの単結晶。加工せずともそのまま宝石のようで、これまで見てきた鉱物標本としてのユークレースの中ではダントツに美しい。その色の濃さと照りは、通常のユークレースの結晶を一度でも見たことがある人なら、信じられないようなレベルだ。

Pueblo Gem & Mineral Show
鉱物ジャンルのるつぼ、
Pueblo Showへ。
そんなこんなで、この日はTFMGですっかり時間を使ってしまったので、帰り道にPueblo Showへ少しだけ立ち寄る。ここではホテル内の広い敷地にテントが張られ、鉱物標本だけではなくジュエリー、化石、ビーズなど、鉱物にまつわる多種多様な商品が一通り揃っていて、ツーソン・ショーのエッセンスを凝縮したような雰囲気の会場。
水晶のバスタブや椅子、身の丈以上の巨大な水晶が所狭しと置いてある。ホテルの部屋は、そのまま各業者のブースとなっており、訪問の際は各部屋を一つ一つ覗くのだが、それがまたこのショーの醍醐味となっている。
Westward Look Mineral Show
この日は〈Westward Look Resort〉というホテルで行われているWestward Look Mineral Show(以下WWL)へ。参加するのは世界トップクラスのディーラーたち。ホテルの宿泊用コテージを利用し各業者が展示を行っている。
まずはPala Internationalを訪問し、責任者であるウィルさんに会った。彼は世界のトップコレクターとして知られる父親のビルさんと共に、この業界の有名人。なおパートナーであるリカさんは日本出身だ。ここで目を引かれたのは、鮮やかなトパーズ。オレンジの色味のものは「インペリアルトパーズ」とも呼ばれるが、指先程度の小さな結晶がほとんどで、これだけのサイズがありながらも鮮やかな色合いのものは稀少。


また、濃いブルーのブラジル産アクアマリンも素晴らしい。アクアマリンはよく出回る鉱物ではあるが、ブルーが濃いものは宝石としてカットされやすい。鉱物標本としてより宝石として流通させた方が価格的にも流通的にも優れているためだが、そこをあえて鉱物標本として残しているものを「ジェムクオリティ」と呼び、まさにこの標本はそれに当たる。
ニューヨークで産出するカラーレスのフローライトも、素晴らしいものがあった。カラフルさが魅力のフローライトだが、無色の結晶も非常に人気がある。また、彼らもショー内でほかのディーラーから標本を次々と仕入れており、洗面所に簡易に作った物撮りセットで早速撮影していた。
ミュージアムサイズの
美麗標本が続々と!
もう一軒、長めに滞在したのがFine Art Mineralsで、ここはパキスタンやアフガニスタンを中心としたエリアの鉱物に特に強い。

このWWLに出展しているディーラーたちも買い求めに訪れるほど信頼の厚い業者だ。サイズの大きい標本の取り揃えも多く、アクアマリンやエメラルドの特大標本があり、直接持たせてもらうことができた。もう一つ、強烈な輝きのアクアマリンもあり、それは全体のシルエットや結晶表面の不規則な凹凸から、古いブラジル産のアクアマリンだと一目でわかる標本。重量は2kgという、この産地としては耳を疑うサイズだった。
余談だが、今回のWWLのポスターに採用された標本もここが販売した標本だ。やはり勢いのある鉱物商のところには、それだけ良いものが集まるというわけだ。

続いてThe Arkenstoneのブースを訪問。オーナーのロブさんと会う。ここでは、ツーソン訪問前にメールオファーが来ていた標本をいくつか見せてもらう約束をしていた。この2年は新型コロナの影響でやむを得ずメール等でのやりとりで商談が進んでいたが、直接標本を手にして決められる幸せを実感する。

ただ、そのテンションがロブさんにも伝わってしまったようで、見せてもらう約束をしていた標本以外にも次々に手渡された。「ツーソンの期間中検討してみて」と言われるが、こういった場合は大体心の中では購入を決めていて、後は支払いの段取りを考えているものである。
今回仕入れたのは、まず南アフリカ産のフローライト。ネオンカラーのグリーンがまぶしい。日本でも人気のある標本。比較的手頃な価格帯でも購入できる半面、結晶の美しさや色合い等にこだわりだすとキリがないのも特徴で、これはその終わりのない闘いに終止符を打てる結晶であると判断して購入した。
もう一つがアメリカの鉱物雑誌『Rock & Gem』の表紙にもなったウルフェナイト。日本では特別人気があるわけではないが、海外、特にアメリカでは非常に人気がある鉱物だ。メタリックな印象を受ける結晶が特徴的で、ギラギラのオレンジが素晴らしい。
そして途中、WWL主催のデイヴさんと合流。Mintangのブースで、彼が今回のショーで一番気に入っているという中国産のファントムクォーツを紹介してくれた。クォーツ内に「ファントム」と呼ばれるグリーンの層が繊細に折り重なる姿は非常に魅力的だ。