名古屋から電車で25分ほどの場所に位置する中部圏の奥座敷“犬山”。2つの国宝が隣接し、城下町では、伝統的なカルチャーも色濃く残りつつも、新しい動きも生まれつつある。今回は、ホテルインディゴ犬山有楽苑中心に、そんな国宝の街をめぐる。
- photo /
- Kazuharu Igarashi
- text /
- Masae Wako
国宝天守〈犬山城〉と国宝茶室〈如庵〉。愛知県の犬山市は、ひとつの町に二つの国宝を有する中部圏の奥座敷。そのどちらにも近い〈ホテルインディゴ犬山有楽苑〉へは、名古屋から特急と徒歩でわずか30分ほど。ホテルへと続く竹林のアプローチが、非日常体験のスタートだ。エントランスロビーの外には周囲の緑を映す水鏡が広がり、見あげた山の上には壮大な犬山城がくっきり。天守の最上階にある回廊を、人が歩いている姿まで見てとれる。あの場所から町を一望できるのだろうか?
チェックイン後はさっそく国宝探索へ。徒歩10分で到着した犬山城は、現存する日本最古の木造天守を抱く国宝5城のひとつ。天文6(1537)年、織田信長の叔父にあたる信康が築城したと言われている。その後は、信長、秀吉、家康が、それぞれの時代にこの城へ入城。天下人への道を切り拓いた。城マニアの間では、「犬山城は武将の気持ちになって登るがよし」と言われているそうで、随所に現れる巧妙な造りや仕掛けに、なるほどこれは攻めづらかっただろうとうならされる。最上階まで上りきった先には、天守にぐるりとめぐらせた縁側のような廻り縁。この回廊が、戦国時代においても初期の建築様式〝望楼型〟の特徴であり、国宝に選ばれた理由のひとつでもある。今も実際に歩くことができ、古の人々と同じ場所から見渡す眺めはまさに絶景だ。
500年の時を超えて、戦国武将たちの知恵と技術とセンスに触れた後は、犬山城の東に位置する〈日本庭園 有楽苑〉。目当ては苑内にある国宝茶室〈如庵〉。現存する国宝茶席三名席の1つである。庵主は、織田信長の実弟でもある茶人・織田有楽斎。元和4(1618)年、京都の建仁寺に創建した。その後、東京、神奈川……と何度かの移築を経て、ここ尾張の地に移されたのだが、京都から東京へ移す際は、数寄屋大工が茶室を解体せずに車両へ積み、東海道を引っ張って運搬したそうだ。
〈如庵〉の名は、有楽斎のクリスチャンネームがJoan(Johan)だったことに由来するとも言われている。茶室は薄暗く作られることが多いものだが、穏やかで明るい空間を好んだ有楽斎は、〈如庵〉にいくつかの窓を設け、二畳半台目の空間に柔らかな光を取り込んだ。興味深いのは建物の西側にある「円窓」。円と称されるもののまん丸ではなくやや横長で、少し離れた敷石に立って眺めた時だけ正円に見える。不思議だけれど、理由はいまだ謎。「ここから見ると、茶室全体がいちばん美しく見える」ことをさりげなく示唆していたのではないか……などと妄想をふくらませつつ、苑内建てられた茶室〈弘庵〉でお茶を一服。書物で見知っていた国宝も、実際に体験すると何倍も豊かに堪能できるのだとしみじみ実感する。
ほんの少し前に国宝茶室で見た〝円窓〟が、ホテルのレセプションスペースにもある―――国宝散策の後で〈ホテルインディゴ犬山有楽苑〉へ戻った瞬間、チェックイン時には気づかなかったあれこれに目が奪われる。聞けば、ホテルの外観やロビー、客室の内装には、犬山の文化や歴史が投影されているのだという。木曽川で1300年続く鵜飼のかがり火が表現されたアートウォールや、ユネスコ無形文化遺産〈犬山祭〉から発想を得たビビッドカラーのスツール。モダンな館内のそこここに、ネイバーフッドの物語が散りばめられている。
全156室ある客室もしかり。壁面には犬山城と犬山城の古地図をモチーフにしたモダンなアートが描かれ、ベッドサイドには鵜籠をイメージした照明も。水屋箪笥ふうのミニバーや、〝有楽窓〟の意匠に着想を得たドロアーなど、〈如庵〉で見た建築的趣向へのオマージュを発見できるのが、なんだかうれしい。すべての部屋に眺めのいいバルコニーがあり、縁側の気分を味わえる低めのソファが置かれているのも気が利いている。
部屋でひとやすみした後は、犬山唯一の天然温泉〈白帝の湯〉で美肌効果のある透明な湯や露天風呂を堪能するもよし、〈インディゴホームキッチン車山照〉で旬の食材やローカルフードを使ったディナーに舌鼓をうつもよし。これからの季節なら、宿泊者限定の冬のウェルビーイングステイプランを利用して、奥三河鶏や豚足、キノコを使ったコラーゲンたっぷりの薬膳鍋を味わいたい。高山山椒を入れた自家製マーラー醤でいただけば、滋味深いおいしさとスパイスの刺激が広がって、体の芯からあたたまる。
食事の後は、ロビーに隣接した〈ザ・バー夜車山〉がおすすめだ。バーの空間デザインは、この町で毎年4月に開かれる「犬山祭」の夜車山(よやま)がモチーフになっている。犬山祭は江戸時代から続くユネスコ無形文化遺産。日中は町ごとに趣向を凝らした高さ8mの車山(やま)が曳かれるのだが、夜になると365個の提灯をともした「夜車山」に変化するそうだ。その荘厳な様子を語るバーテンダーの、控えめだけど熱い犬山愛に思わず引き込まれる。
そんなバーテンダーご自慢のシグネチャーカクテルを飲みながら、つらつらと考えるのは明日の予定。〈明治村〉や〈屋外民族博物館リトルワールド〉などのテーマパークへ行くのもいいし、シュールなフォトスポットとして人気の〈桃太郎神社〉も楽しそうだが、ひときわ気になるのが、ホテルから歩いて行き来できる犬山城下町。表通りには江戸時代から続く旧家の住宅を復元した文化財あり、レトロな飲食店が連なる昭和横丁あり。ホテルのスタッフに裏通りの名店を教えてもらったところで、盛りだくさんの一日目は終了。
名城ある土地に、よき城下町あり。ホテルからも気軽に行ける犬山の城下町は、食べ歩きスポットとしても有名だ。風情あるメイン通り「本町通り」には、歴史的な建造物と新しい店がほどよく混在。ローカルフードの店や伝統工芸品の老舗が並び、老若男女で賑わっている。クラフトビールの店や地元漬物屋をのぞいた後、ホテルのスタッフが教えてくれた、一本裏通りの名店へ。
まずは路地裏の町家を改装した〈珈琲ボタン〉。自家焙煎した豆をハンドドリップで淹れたコーヒーで、身も心も一気にゆるむ。濃厚ベイクドチーズとサワークリームを使って三度オーブンで焼いたチーズケーキも、悶絶するほどおいしい。店内には店主の趣味が伝わる本棚やアナログレコードも。一人旅で立ち寄っても心地よく過ごせそうな雰囲気だ。郷土料理なら、地元っ子が通う明治創業のでんがく専門店〈松野屋〉。ふわっふわの豆腐と甘く焦げた味噌の香りがたまらない。青菜を刻み入れた〝菜めし〟の上にのっけて丼ふうに食べる常連客も多いとか。
そして、ホテルスタッフのイチオシが、かつて犬山城主が陣中食として家臣にふるまったともいわれる〝げんこつ飴〟。創業明治8年の〈藤澤げんこつ〉では、国産のきなこと黒糖とゴマを使って手作りしているそうで、甘すぎないキャラメルみたいな味わいが後をひく。140年以上、材料も作り方も変わらないままだという素朴な飴をお土産に買ったところで、大充実の犬山トリップもそろそろ終わり。次に来るなら、〈ホテルインディゴ犬山有楽苑〉前の水鏡に薄氷が張る真冬の季節か、木曽川から花火が上がる夏休み……いや、やっぱり満開の桜と犬山祭で賑わう春4月に訪れたい。