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俳優・宮沢氷魚がレンジローバー イヴォークと見つける新しいトーキョー

『RANGE ROVER』ファミリーのなかで、最もコンパクトなモデルとして誕生した「RANGE ROVER EVOQUE」は、本格的なSUVでありながら都会にマッチする洗練されたデザインと快適な走行性能が特徴。アメリカ生まれ、東京育ちの俳優・モデルの宮沢氷魚さんは、都市生活を謳歌するなかで、街からどんな刺激を受けているのか。雨によりその姿を鮮やかに浮かび上がらせた東京を「RANGE ROVER EVOQUE」と巡る。

photo: Hiroyuki Takenouchi / styling: Masashi Sho / hair&make-up: Taro Yoshida / text&edit: Shinri Kobayashi

東京は進化を促してくれる街

宮沢氷魚さんにとって、東京は人生の大半の時間を過ごしてきた住み慣れた街。恐るべきスピードでアップデートされていくこの街の姿には、氷魚さんも驚きつつ、大きな刺激を受けている。

「例えば渋谷、新宿は2、3カ月も行かないと新しい商業施設ができて、まったく違う街に見えるくらい、常に前進している刺激に溢れている街だなと。東京に暮らす自分も、街と歩調を合わせるように進化していきたい……そんな気持ちに自然とさせてくれる街です」

一方で、この街の変わらない姿にも、どこか安心感を感じているという。

「以前、2年間のアメリカ留学から東京に帰ってきた時に、ほっとしたんです。だから東京の根っこのような、大きなものはあまり変わっていないのかもしれないなと」

新しい街の姿がもたらす仕事への影響

俳優という仕事は、喜怒哀楽をはじめ様々な感情を演技を通して表現しなくてはいけない。物事に対してフレッシュでいられるかどうかは、表現者としての生命線だろう。それは街に対しても同じだ。

「視点を変えること。それだけで新しい街に出合えます。生活していると、決まったルートしか通らなくなるけど、それに飽きた瞬間があったんです。行き慣れた新宿のことはもう知っていると思っていたら、地方から来た友達の方が詳しくて。自分は新宿のことをよく知らないかもと思って、普段では行かないエリアに行ってみたら、新しい新宿を感じました」

ほかにも、実際に新しい街に足を運び、新しい経験を得ることも、俳優やモデルという仕事に影響を与えているという。

「車を使うことで行動範囲が広がりましたが、今はアクティブに会いたい人に会いたいし、行きたい場所に行きたい。初めての場所で散歩やお茶をすることは、一見仕事に関係ないと思いつつも、どこかで繋がっているような気もします。そうやって見聞を広めることで、話題ができて人との関係性も深くなる。新しい人と街に出会うことが自分のアップデートに繋がっていると思います」

最小の力で最大の効果を発揮している車

氷魚さんの乗る「RANGE ROVER EVOQUE」も先代から随所でアップデートされている。例えば、シルエット等の大枠は継承しつつ、車の顔となるフロントグリルやヘッドライト、テールランプのデザインを一新することで、モダンラグジュアリーを体現している。インテリアでは、パーツの質感にこだわり、従来のスイッチ類をセンタークラスターのパネルに集約することで、よりシンプルで洗練されたデザインへと進化した。そして街乗りにも遠出にもぴったりなプラグインハイブリッド。

「ハイブリッドということで、街でも運転しやすいと同時に、時にはアクティブに走れるという両要素を兼ね備えている印象です。アクセルを踏むと、滑り出すように走ってくれるし、スピードを出しても安心感があります。ハイブリッド仕様の上に、環境に配慮された素材を使っているというのもいいですよね。全体としては、高級感のあるデザインはシンプルなものの、機能はたっぷり詰まっていて、まるで最小の力で最大の効果を発揮している、完成度の高い車だと感じました」

レンジローバー イヴォークと共鳴する宮沢氷魚

「RANGE ROVER EVOQUE」も、東京と同じように常に進化していく。氷魚さんは、その姿に自身を重ね、大きな刺激を受けているようだ。

「『RANGE ROVER』ファミリーの車は、一つのブランドとして確立されてすでにファンが多いのにもかかわらず、何か新しいものを採り入れて進化しようとする……、その会社としての思いに、すごく感銘を受けました。僕が仕事を始めてまだ10年も経っていないんですが、モデルとしてのポージングやお芝居の台本の読み方もある程度わかってきて、こうすれば間違いないでしょ? という経験則が見えてきました。それを続けたらある意味で失敗はないんですが、やはりどこか深みが出ない気がします。停滞せずに、より魅力的な人間として奥行きのある表現をするためには、常に変わり続けていかなくてはいけない。この車との出会いを通じて、そんな意識が強くなりました」