Talk

Talk

語る

姜尚美が語る「名古屋の蒸し羊羹は待ってくれない。」

あんこの都といえば京都、東京、金沢、松江ですが、名古屋に、通たちの視線を集める和菓子の名店が揃っているのを知っていますか?数種のあんこを自ら炊き、上生菓子、押し物、棹物、餅菓子に。様々なあんこの菓子が市民に愛され、日々の暮らしに溶け込む背景には、歴史とオリジナリティの継承がありました。

Text: Sang Mi Kang

名古屋の蒸し羊羹は待ってくれない。

文・姜 尚美

コロナ禍で移動の自粛を余儀なくされている間、自称「あんこ者」の私が最も恋しかったもの。それは、名古屋の蒸し羊羹である。

初めて食べた名古屋の蒸し羊羹は、〈美濃忠〉の「上り羊羹」だった。驚いたのは、付属の黒文字に巻かれた綿糸を使わなければうまく切れないほどのやわらかさ。
舌にのせると淡味のこしあんの羊羹がとろりと崩れ、小豆風味のそよ風を鼻腔に残し喉元を過ぎてゆく。喉ごしは、まるで小豆のポタージュだ。

「上り羊羹」は、初代尾張藩主・徳川義直が名古屋城に入城する際、駿河の国より帯同させた菓子屋〈桔梗屋〉が調製、義直公に献上したことから名がついたともいわれる。今はなき〈桔梗屋〉の製法は、〈美濃忠〉をはじめ数軒の菓子店に受け継がれ、尾張名物として愛されてきた。

その影響か、名古屋を中心に個性的な蒸し羊羹を作る店も多い。特徴は賞味期限が短いことで、平均して2〜4日。作りたてを味わいたいなら、うかうかできない。名古屋の蒸し羊羹は待ってくれないのだ。

「水分は多いし、糖度も低いし、気温や湿度、職人の体調すら影響する、本当に気を使う羊羹なんです。この羊羹を大事に思ってくださるお客様から、今日の上りは締まりすぎとるぞ、とお電話をいただくこともあります」
そう話すのは、〈美濃忠〉6代目のご子息でもある伊藤裕司専務。

「上り羊羹」は昔ながらの大型羊羹だが、地元では6等分で食べる人が多いという。一切れが大きいですね、と驚くと、伊藤専務の目がキラリと光った。

「僕なんかは“朝イチ上り”がうまいと思う。朝一番に食べる上り羊羹。重くないし、飽きないし、気分が落ち着きますよ。6等分が大きければ8等分。僕は1本いけますけどね」

名古屋〈美濃忠〉蒸し作業
〈美濃忠〉の「上り羊羹」が蒸し上がった瞬間。数時間かけて蒸し上げる。

モーニングにもおやつにも使えて、気分に合わせて一切れの大きさを決められる。「上り羊羹」のそんなところも合理的と言われる名古屋気質にフィットするのかもしれない。

「名古屋には“だだくさにしない”という言葉があります。雑にせず、無駄にせず、使えるところまで使うという。値段の割に中身がいいことを意味する“お値打ち”という言葉も好きですね。
大きさも重さもしっかりあって、必要な数に応じて切り分けられる蒸し羊羹やういろうなどの棹菓子は、そういう名古屋の人のお好みに合うのかもしれません」

そう分析するのは、〈長寿園〉の3代目・林圭一郎さん。店の看板は「味噌松風」だ。
白味噌を加えた京風の味噌松風生地に、尾張風の上がり羊羹生地を重ねた、甘じょっぱさが絶妙な名作。その誕生のきっかけは、現在地に店を構えた際、向かいに江戸時代から続く表千家の茶家・吉田生風庵があったこと。

「近所のご縁で、父がお茶を習い始めまして。1959年、吉田生風庵4代目の吉田紹清宗匠に“京都には味噌松風、名古屋には上がり羊羹がある。その2つを合わせたお菓子を作ってみては”と勧められ、考案しました。今もお茶会などでよく使っていただきます」

林さん曰く、名古屋の人は茶席でも干菓子より生菓子の方が「お値打ち」だと喜ぶという。一切れで2つの味が楽しめる「味噌松風」は、さらに「お値打ち」に映ることだろう。

名古屋〈美濃忠〉カット作業
やわらかいため、棹に分ける際も包丁ではなく糸を使う。

梅屋光孝〉の5代目・髙橋弘貴さんが作る「深山路」も、蒸し羊羹生地にかるかん生地を合わせた2層タイプ。冬の枯山に白雪が降り積もる様を表現した、風情ある蒸し羊羹だ。

「名古屋は文化的に東西から影響を受けていますが、お菓子については京都や奈良といった古都に憧れる傾向が強い気がします。桜をかたどった上菓子の銘も、名古屋の桜の名所である“山崎川”とするより、奈良の桜の名所である“吉野”とした方が喜ばれたりね」

古都に憧れつつ、名古屋ならではのお菓子も作りたい。そんな名古屋の職人特有の思いが蒸し羊羹を2層にさせるのかもしれない。

そのまちの人々の知られざる「好み」を食べる。それがローカルあんこの楽しさであり、醍醐味だ。味噌カツ、あんかけスパゲッティ、小倉トースト。
名古屋ってそんな感じでしょ、と思っていたら、置いてけぼりになる。やはり、名古屋の蒸し羊羹は待ってくれない。