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村上小説を音楽で読む。大谷能生×栗原裕一郎×佐々木敦 Vol.3

音楽がなければ物語はない。村上作品ではポップスもジャズもクラシックも、単なるムード作りの小道具にあらず。それは物語の複雑な時制や展開を助け、作品を先へと導く大切な指針として使われる。村上小説にまつわる著書もある3人が、物語と音楽の関係を解読。一度読んだあの本も、音楽を道しるべに読み直したくなるはず。

Edit&text: Masae Wako

音楽愛とジャズ

言葉では伝えづらい音楽の美しさを
村上さんはどう綴るのか

栗原裕一郎

今回、読み直して重要じゃないかと発見したのが、『1Q84』で小説家を目指す主人公の天吾が、バッハの「マタイ受難曲」のアリアの歌詞をワープロで打ち直すシーン。

大谷能生

歌詞の、言葉の順番やリズムを替えて書き直す。これってつまり演奏。モダンジャズがスタンダードな名曲を自分なりに替えて奏でていくようなことと同じですね。

栗原

実際、「鍵盤を前にしたウラジミール・ホロヴィッツのように」打つと書いてあるしね。

大谷

天吾は文字を打ち込むことで演奏し、歌い直す。音楽によって過去を、虚構の世界を、自分なりの解釈で書き換えようとするわけです。

佐々木

音楽の力を信じている人じゃないと出てこないシーンだ。

栗原

だってもともとジャズ喫茶の店主だしね。

大谷

そういう、音楽が何にも代えられない最高のものだというような愛情が、村上さんの小説の随所にだだ漏れしている気がします。

佐々木

純粋に音楽を愛しているんでしょうね。村上さんて音楽については基本的にピュアでストレートだと思う。

大谷

少なくともジャズは、タフで現実的で素晴らしい理想の音楽なんだという形で、村上さんの中にあると思います。例えば『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の主人公は、物語的にクライシスが起きそうな場面でセロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」を聴く。

「ピアノの音程の狂いが気にならないほど、そこには深い魂がこもっていた」と語る彼は、音楽によって現実を保ってるんです。

佐々木

ジャズが、別の時空に行ってしまいそうになるのを引き留めて、現実に引き戻してくれるんですね。

栗原

ギリギリ、異界に行かずに済むための強力なお札みたいなものとして使われている。

村上さんが登場人物に憑依して
音楽愛を語ってます

大谷

あとは、よく登場人物に憑依して自分の音楽についての意見を語らせてると思うんです。

『神の子どもたちはみな踊る』では、セロニアス・モンクやアート・ブレイキーとも交流があったサックス奏者のコールマン・ホーキンスのソロについて、「胸の中からなんとか抜け出そうとしている自由な魂についての物語なんだ」「ほら、その響きが聴き取れるだろう。熱い吐息や、心のふるえが」と語らせてるし、『1Q84』では人妻の彼女がバーニー・ビガードの素晴らしさを語る。「ほら、よく聴いて」って。

栗原

こういう描き方は初期からずっとあって、初期3部作では村上さんが一人二役を担ってるよね。“僕”と鼠、“僕”と五反田くん、どっちも村上さんの分身として思いを語っているんだと思う。

大谷

だから村上小説では、音楽について否定をすることが少ないし対立もない。これ結構特徴的です。

佐々木

小説に出てくる音楽や音楽家のセレクトも特徴がありますね。マニアックとはいえないけれど……。

大谷

でもヘンな曲を選んでくるな、という印象はある。「え、これ?」みたいな。『風の歌を聴け』で、レコード屋の女の子に探させるのが、マイルス・デイヴィスの「ア・ギャル・イン・キャリコ」。
マニアじゃなければ絶対に知らない曲です。でも、読者をつまずかせはしないんですよね、ギリギリのライン。

佐々木

そこが世界中に読者がいる理由の一つなのかも。

栗原

クラシックも、評論家が評価するものではなく、ちょっと脇に逸れたところにある作品を選びますね。

大谷

そういう「ちょっといびつで歪んでいるけれど魅力的なもの」を聴きとるのがうまい人だと思うんです。演奏でも曲でも不完全なものは評価しにくい。そこを、「これは不完全だけど魅力的だ」って村上さんは言える。まともなものを知ってるから歪んだものもわかるのかな。

村上さんの音楽愛を読む

天吾はもう一度目を閉じ、深呼吸をし、頭の中に適切な言葉を並べた。言葉の順序を入れ替え、イメージをより明確なものにした。リズムをより的確なものにした。

彼は真新しい八十八個の鍵盤を前にしたウラジミール・ホロヴィッツのように、十本の指を静かに空中に波打たせた。
それから心を定め、ワードプロセッサーの画面に文字を打ち込み始めた。

夕暮れの東の空に月が二個並んで浮かんだ世界の風景を、彼は描いた。
そこに生きている人々のことを。そこに流れている時間のことを。

『1Q84』BOOK2

「バーニー・ビガードは天才的な二塁手のように美しくプレイをする」と彼女はあるとき言った。(略)

「ほら、よく聴いて。まず最初に、小さな子供が発するような、はっとする長い叫び声があるの。驚きだか、喜びのほとばしりだか、幸福の訴えだか。
それが愉しい吐息になって、美しい水路をくねりながら進んでいって、どこか端正な人知れない場所に、さらりと吸い込まれていくの。ほらね。

こんなわくわくさせられるソロは、彼以外の誰にも吹けない。(略)
こういう精緻な美術工芸品みたいなことはまずできない」

『1Q84』BOOK1

音楽エッセイを読むと
小説の感じ方が変わる

栗原

ヘンな曲という話なら、そもそもデビューの79年にビーチ・ボーイズを論じる人はいなかったでしょ。懐古されることすら稀になっていた60年代のポップスグループを、村上さんはデビュー作の核に置いた。いつか正しく読まれることを信じていたんでしょうね。

世の中で(ビーチ・ボーイズのベース&ボーカルの)ブライアン・ウィルソン再評価が始まるのは90年代半ば。それより15年以上も早い。

大谷

音楽エッセイ『意味がなければスイングはない』でブライアンについて、「その切実な思いが、我々の心にまっすぐ届いてくる」「そこには人生の“第二章”だけが持つ、深い説得性がある」と書いていて。小説とは違う角度から、直球で音楽の魅力が伝わってくる。

栗原

アート・ブレイキーのエッセイも、当時の空気がわかりますね。

大谷

61年に初来日して、それまでスウィングやポップスが主流だった日本のジャズ界隈にモダン・ジャズという衝撃を与えたのがアート・ブレイキー。村上少年は63年にそれをライブで初めて聴いて、ビーチ・ボーイズとも全く違う、ある種の神話に出会ったわけです。

栗原

あと、音楽エッセイを読んでから小説を読むと、音楽がどういう意味をもって組み込まれてるかを感じることができる。

大谷

その読み方は全力でおすすめしたいですね。「彼女は歌う/『あなたが微笑めば、世界そのものが微笑む』/そして世界は微笑む。信じてもらえないかもしれないけれど、ほんとうににっこりと微笑むのだ」と書かれるビリー・ホリデイについてのエッセイを読むと、『女のいない男たち』の「木野」で流れる「ジョージア・オン・マイ・マインド」が、ぐっときます。

佐々木

村上さんてブラックミュージックは聴くのかな。

大谷

そこは語られてないですね。ジャズ喫茶文化とディスコ文化は水と油だし。スライ&ザ・ファミリーやドゥワップのグループは西海岸的なポップスとして聴いていたようですが、モータウンやR&Bのようなニューソウルシーンは触れていない。

栗原

そうか、村上小説にないものを考えるのも面白いですね。

大谷

アート・ブレイキー好きはソウルを聴くかっていうと聴かない。本当は近いところにいるはずなのに。今でこそタワーレコードでソウルとジャズは同じ階ですが、昔の渋谷タワレコでは「ジャズ・プログレ・アバンギャルド」が一緒で、ソウルはクラブミュージックと一緒だった。

栗原

めちゃくちゃだ。時代の音楽観はレコード屋に表れますね。そういえば村上さんは渋谷のレコファンに行っていたそうですよ。

大谷

あの閉店は惜しかったなー。

栗原

魔窟だった。でも村上さんは大人買いとかしないらしいし、むやみなプレミアにも手を出さないと思う。「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」でもそうじゃない?
幻のレコードを、30ドルなら買うけど35ドルは高い、と買わないで戻しちゃう。で、買わなかったことで小説が成立してるんだから。

大谷

そうか、『1Q84』の天吾が過去を書き換えたように、音楽の力で“レコファン閉店”を変えられたらいいのにね。

エッセイで味わうジャズ

まだ若い頃にずいぶんビリー・ホリデイを聴いた。(略)

そこには信じられないほどのイマジネーションがみなぎり、目を見張るような飛翔があった。彼女のスイングに合わせて、世界がスイングした。地球そのものがゆらゆらと揺れた。
誇張でもなんでもない。それは芸術というようなものではなく、すでに魔法だった。(略)

ビリー・ホリデイの晩年の歌を聴いていると、僕が生きることをとおして、あるいは書くことをとおして、これまでにおかしてきた数多くの過ちや、これまでに傷つけてきた数多くの人々の心を、彼女がそっくりと静かに引き受けて、それをぜんぶひっくるめて赦してくれているような気が、僕にはするのだ。もういいから忘れなさいと。

それは「癒し」ではない。僕は決して癒されたりはしない。
なにものによっても、それは癒されるものではない。ただ赦されるだけだ。

『ポートレイト・イン・ジャズ』

生まれて初めて「モダン・ジャズ」に触れたのは、1963年のアート・ブレイキー+ジャズ・メッセンジャーズのコンサートだった。
場所は神戸、僕は中学生で、ジャズがどういう音楽かということさえろくに知らなかった。(略)

その夜のステージでは「イッツ・オンリー・ア・ペーパームーン」と「スリー・ブラインド・マイス」が演奏された。
僕はこのふたつの曲を知っていたのだが、彼らの演奏する音楽は原曲のメロディーからは遠くかけ離れたものだった。

いったいどうしてそこまで徹底的にメロディーが破壊され、ゆがめられなくてはならないのか、その理由や基準や必然性が理解できなかった。
つまりアドリブという概念が、僕の知識の引き出しの中には存在しなかったわけだ。

でもそこには何か、僕の心を刺し貫くものがあった。
「今目の前にしているものは、よく理解できないにせよ、僕自身にとっての新しい可能性を秘めた何かなのだ」と本能的に感じることができた。

『ポートレイト・イン・ジャズ』