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映画評論家・町山智浩が“世界は広い”と感じるドキュメンタリーを解説〜後編〜

ありとあらゆる映画を観尽くしている映画評論家の町山智浩さんが「今観ておきたいドキュメンタリー」をピックアップ。町山節を味わいつつ解説をお楽しみください。

Text: Izumi Karashima

町山智浩

何が起こるかわからないというと、Netflixドキュメンタリー『タイガーキング:ブリーダーは虎より強者?!』。これはすごい。

BRUTUS

写真だけでヤバい臭が(笑)。

町山

ジョー・エキゾチックというトラのブリーダーのドキュメンタリーシリーズで。野生のトラは世界に4000頭ぐらいしかいないんですが、アメリカ国内で飼われているのは5000頭。

B

ドーナツ屋並みに(笑)。

町山

だからブリーダーもたくさん存在するわけで、ジョーはその一人。そして、彼はゲイで、動物は差別しないという理由で動物が大好きで。トラ以外にもワニやライオンも飼っている。

この人の動物園はすごいんですよ、そこで働いてる人たちが。両脚がない人がいたり、ライオンの面倒を見てるときに襲われ腕がなくなっちゃった飼育員がいたり。でも、みんなニコニコ働いているんです。だから、いい人みたいですよ、ジョー・エキゾチックは(笑)。

あと、飼育係の2人とジョーは結婚していて。もちろん、2人とも男です。

B

いろいろ山盛りですね。

町山

あと、マリオっていうトラの買い手が出てくるんですが、彼はコカインのディーラー。組織に潜入してきた潜入捜査官の体を切り刻んで焼却したから有罪になってるんですが、すご〜く動物を可愛がるいい人でね(笑)。

B

クセが強〜い(笑)。

町山

ジョーの宿敵・キャロルという動物愛護団体の女性も出てくるんですが、この人は、億万長者のジイさんと結婚して殺害し、遺産を奪った疑いがあります。とにかく、登場人物が全員どうかしてる(笑)。そこが圧倒的な面白さ。

ネタバレになるから詳しくは言いませんが、誰かが死んだりするシーンもちゃんとカメラに映ってて。よくこういう人を見つけてきたなって。原一男監督の『ゆきゆきて、神軍』と同じですよ。これ、観てていいのかなって気持ちになるという。

B

そういったアメリカの、グロテスクな現実を知るといえば、町山さんのリストには『ルラ・リッチ〜LuLaRoeの光と影〜』も。

町山

ルラローという悪徳マルチ商法の会社に潜入するシリーズで。アメリカでは非常に多いタイプのドキュメンタリーなんです。というのも、告発ものや詐欺暴露ものをやる伝統がアメリカにはあって。日本ではあまり作られませんがね。

B

しかし、こういったドキュメンタリーでよく思うのは、「演出」は果たしてないのか?ということだったりもするんです。

町山

カメラを向けられた時点で、人は演技をする、と原一男監督は言いますよね。
だからそこはずっと続いてる論争で。答えは永遠に出ない。でも、そこが面白い。虚実の皮膜がドキュメンタリーの醍醐味だと僕は思ってて。

だから、『東京自転車節』もそう。監督自身の自撮りによるセルフドキュメンタリーなんですけれど。

B

コロナ禍の東京でウーバーイーツをやってみた、という作品で。

町山

監督の青柳拓さんは映画監督を目指している人。GoProで自撮りをするわけですが、彼自身が監督だから、演技しちゃいますよね。こういうシーンでこういう台詞が欲しいと思えば自分でしゃべればいいし。ドキュメンタリーとは何かを非常に考えさせられる映画ですよ。

ただ、監督は非常にチャーミングな人なんです。どんなに辛くてもニコニコして好感が持てる。ただ、それを撮ってるのも彼自身。ドキュメンタリーと劇映画が決定的に違うのはそこです。曖昧さが面白いんです。

B

なるほど!腑に落ちました。

ドキュメンタリー『東京自転車節』
©水口屋フィルム/ノンデライコ

町山

自撮りといえば、中国の「一人っ子政策」で何が起こっていたのかを検証する『一人っ子の国』も。

1979年から2015年まで中国共産党が行っていた人口抑制政策なんですが、政策が行われていたときに中国の村で生まれた監督が、一人っ子政策に加担した人に次々とインタビューをしていくという。そこで何があったかというと、女の子が生まれると道端に捨ててたんです。

2人目を妊娠すると強制堕胎させたり。させた人もそれはおかしいと思いつつ、「政府にとってそうするのがいい国民だったから」と。しかも、それが赤ん坊を売る巨大ビジネスの話につながっていくという。中国で取材してるんですが、非常に危険な撮影で。監督はアメリカ在住で、常にアメリカの家族と連絡を取りながら取材して、映像もクラウドに上げて逃がしてます。

B

スマホ&クラウドが現代のドキュメンタリーの基本ですね。

ドキュメンタリー『一人っ子の国』
©Amazon Studios

町山

最後に、マッツ・ブリュガーの『ザ・レッド・チャペル』の話を。

マッツはデンマークのテレビジャーナリスト。「ボラット」的な人なんですが、彼よりもさらに過激で。北朝鮮政府が、外国の文化を知るための文化使節を募集しているという情報を得て、韓国系デンマーク人の素人2人を漫才師だと偽って、北朝鮮政府に招待させる話なんです。

北朝鮮の国立劇場でバカな漫才をやって、観客に向かって「猫のことは英語でプッシー。さあ、みんなでプッシー!」と叫ばせるという。ヒドいですよ(笑)。

B

バレたら殺されるのに(笑)。

町山

危険極まりないギリギリのことをやってるのに爆笑させる。そのセンスが素晴らしいんです。

ドキュメンタリー『ザ・レッド・チャペル』
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