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映画評論家・町山智浩が“世界は広い”と感じるドキュメンタリーを解説〜前編〜

ありとあらゆる映画を観尽くしている映画評論家の町山智浩さんが「今観ておきたいドキュメンタリー」をピックアップ。町山節を味わいつつ解説をお楽しみください。

Text: Izumi Karashima

町山智浩

じゃあ、アメリカの話『ドーナツキング』からいきましょう。カリフォルニア州ってドーナツ屋が5000軒もあるんです。

BRUTUS

ゴ、ゴセンケン!

町山

異常ですよね。どんだけドーナツ食ってんだっていう(笑)。しかもそのうちの90%がカンボジア人の経営。中国系アメリカ人の監督は不思議に思うんです。なぜカンボジア人なの?
調べてみると、1980年代に「ドーナツ王」と呼ばれたカンボジア人がいたことがわかった。テッド・ノイ。岸部一徳にソックリの人ですが。

B

サリー似の(笑)。

町山

1970年代、カンボジアではポル・ポト政権による大虐殺が起こり、大量の難民がアメリカに来ました。その中の一人がテッド・ノイ。どん底から這い上がるとき、アメリカ人がドーナツをよく買っているのを見て、ドーナツ屋を開くことを思いつくんです。

もともと、カンボジアにはドーナツがあるんですよ。お米の粉とココナッツミルクで作るノムコンっていうお菓子なんですが。

B

サーターアンダギー的な?

町山

みたいな民族料理ですが、見た目はドーナツと一緒。で、家族総出で働いてお金を貯め、チェーン店を展開するまでになった。

B

まさにNHKの『逆転人生』。

町山

それだけじゃなく、カンボジア難民が一文なしでどんどんアメリカにやってくるので、その人たちにドーナツ屋のノウハウを教え経営させていく。難民申請したときの身元引受人にもなって。

テッドさんは100人以上のカンボジア難民を一人で引き受け、アメリカで生活する基盤を与え、カンボジア難民の英雄になるんです。しかも、億万長者になり共和党の大口支持者にもなった。経済的にも政治的にも超大物になるんです。

B

アメリカンドリームっすね。

町山

なのに、ドーナツ帝国は一気に崩壊してしまうんですよ。

B

え、なぜ?

町山

それは観てのお楽しみ。とにかく、彼の人生は次から次へと意外な方向に展開するので撮ってる監督もわからないまま進むんです。そこがドキュメンタリーの面白さ。撮ってる側が予測しちゃうと面白くならない。

町山

そういう意味でいえば、『コレクティブ 国家の嘘』もそう。これはルーマニアの話で、首都ブカレストに〈コレクティブ〉というライブハウスがあり、そこでライブ中に火災が発生し大量の死者が出るという大惨事が起こったことから始まるんです。

B

チラッと観ましたがやけどを負った方々の様子が痛々しく……。

町山

そう。しかも、彼らは軽傷だったのに次々と死んでいった。これは一体どうしたんだと。そこで、スポーツ新聞の記者が調べ始めると、みんな感染症で死んでるんです。なぜなのか。

公立病院で使われている殺菌剤は水で薄められたもので殺菌力がないんです。それを製造する製薬会社を調べていくと、政府や病院と癒着していたことがわかるんです。

B

ズブズブの闇が広がって。

町山

この映画が面白いのは、事件が動きだしたときからカメラが記者に密着していること。起こってからではなく、何もわからない状態から撮り始め、次々と判明する事実を一緒に驚きながら撮り続けるという。だから、観てるこっちもリアルな体験ができるんです。

町山

それでいえば、『ミッドナイト・トラベラー』もそう。監督のハッサン・ファジリは、アフガニスタンでテレビのドキュメンタリーを撮っていたディレクターで、タリバンに批判的だと目をつけられ、処刑リストに載ってしまう。

そこで、妻と幼い2人の娘を連れ、アフガニスタンから脱出する。その様子をスマホでずっと撮り続けるんです。ヨーロッパに向けて5600㎞、徒歩で逃げる道程を。

B

徒歩で!

町山

野宿しながら夜中に移動するんですが、国境線は山の中にあってものすごく寒い。食べ物もなくお腹も空く。それを子供たちは必死に頑張って耐えるんです。

B

話を聞いただけで涙腺が……。

町山

でもね、この子たちが寒くて眠れないよ〜って泣く姿を、お父さんは撮るんです。「こんなすさまじい体験は、ほかの映画監督はしたことがない」と。「興奮してる」とさえ言ってしまう。映像作家の性ですよね。それ自体も自覚的に撮る、そこも強烈です。

B

しかしそれをスマホで撮る、というのが今っぽいですよね。

町山

しかも撮ったら即クラウドに上げるから、保存できるし消されない。昔はこういった潜入ものは、撮った映像をどう国外に逃がすかが非常に大きな問題でしたが、今はクラウドがあることによって可能になったという。

B

なるほど〜!

町山

そして『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』。サシャ・バロン・コーエンの主演で、2006年にヒットした前作の続編。

カザフスタンの国営テレビのジャーナリスト「ボラット」という偽名でサシャがアメリカの取材をするんですが、今回は、「トランプ政権と仲良くするために娘を貢げと国に言われ、アメリカの南部で娘を立派なレディに仕立てる」という話。トランプ支持者の信じられない光景を白日の下にさらしたという。

B

枠の部分はフィクションで、中身はリアルという構造ですね。

町山

カザフスタンの国営テレビと嘘をついて撮ってるんで、ドッキリに近いですよ(笑)。ただ、中身が圧倒的。
例えば、中絶相談所。望まない妊娠をした女性たちが相談に行く場所なのに、実は中絶反対派が運営していて、近親相姦であろうとレイプであろうと、とにかく産ませようとするという。

B

ひどすぎる……。

町山

これをコーエンは大統領選前に公開しました。そしてトランプの弁護士ルドルフ・ジュリアーニにハニートラップを仕掛けます。

B

娘役の女優さんはアカデミー賞の助演女優賞にノミネートされたというのもすごい話ですよね。