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鉱物たちはいかにして自然界に存在しているのか?「キング・オブ・カシミール」採掘レポート〜後編〜

近年、鉱物界で最も話題となった採掘の一つ、「キング・オブ・カシミール」。その巨大な結晶が表出した現地画像が出回った際は、あまりのサイズと美しさに、「合成写真では?」と噂されたほどであった。そんな「キング・オブ・カシミール」はいかに掘り出され、運ばれ、クリーニングされて、標本となったか?その一部始終を、探検の責任者である〈Fine Minerals International〉のダニエル・トリンチロと、実際に採掘に携わった現場担当者がレポートしてくれた。前編はこちらから。

photo: Fine Minerals International, James Elliott(specimens) / text: Daniel Trinchillo / edit: Shogo Kawabata / coordination: Aya Muto

7月5日

最も重要な最後のカット、天井から標本を切り離す作業となる。ここで恐ろしいのは標本が1つの塊ではなく、2つか3つに割れて崩れ落ちてくる、ということだった。そんな状況を避けるべく、最後の切り出し作業を始める前に念には念を入れてじっくり計算した。

パキスタン・シガール渓谷地方/アクアマリン標本の採掘の様子
メイン標本を天井から離すために慎重に行われた最後の切り出し作業。

鉱員たちは様々な厚さと弾力性のフォームパネルを1mもの厚さに重ね、標本の真下にベッドのように敷いた。これは結晶が天井から外れる瞬間のための予防策であった。ヤウールがファイナルカットを手がけたが、彼がカットを終えたところで、なんと標本は外れてこなかったのだ!

標本を軽く金槌で叩きながら音を聞き、おそらく髪の毛くらいの細さの接触面でつながっているのだろう、と推測した。僕の指示に従い、鉱員たちは2cmほどの小さな金具を上部の切り目にはめ込んだ。そして順々に、とてもデリケートに、それらを叩いていくと、200kgもの重さの標本がついに天井を離れ、柔らかいフォームベッドの上に落ちたのだ。これには皆、大歓声を上げた。僕らの仕事は最良の形で成功したのだ!

そのあとは鉱員たちへの指示は無用だった。自分たちでこれを下ろせる、とテキパキと作業に取りかかった。分厚い頑丈なブランケットの上に標本を置き、その端をつかんで引きずり外へ運び出した。崖の縁には発電機があり、そのすぐ隣に標本が置かれた。喜びと興奮の感嘆の声は上がり続け、写真は撮らないでくれ、と懇願する僕らをよそに、鉱員たちはみなパシャパシャ撮っていた!

いったん休憩したのち、我々は再びトンネルの奥へと集まった。まだ一部残されている、これも素晴らしい結晶を切り出し、僕らは取り出したすべての標本を崖の縁に並べ、報告のために写真を撮った。午後4時半には鉱山の片づけも終わり、ようやく山を下りて村へ戻り、シャワーを浴び、豪勢な夕食を楽しんだ。僕はダニエルに連絡を入れ、標本が無事に自由の身となったことを報告した。

パキスタン・シガール渓谷地方/アクアマリン標本の採掘の様子
のちに「キング・オブ・カシミール」と呼ばれることになるメイン標本と、その周辺から採掘された個体を誇らしげに見せる鉱員たち。

7月6日

土曜日は休息をしっかりとりつつ、標本を崖の縁から下ろすのに必要な資材を準備した。まだ危険は残されている。300mもの切り立つ崖面を伝い、無事に下ろさなくてはならないのだから。

7月7日

この日は早くに出発し、朝7時には一番大きな標本をフォームパネルで丁寧に包んだ。さらにパッド付きの毛布にくるみ、その周りにクライミングロープでクモの巣のように縛りつけ、しっかりと梱包する。また、下ろすためのケーブルトローリーシステムをより強固にするために、トップにもう一つアンカーを打ち込んだ。

もしケーブルかこのアンカーが壊れでもしたら、標本は地上に落ち、見事に粉々になってしまうだろう。そうなったら僕らだって壊れてしまう。メインの標本に縛りつけたロープをしっかりと確認し、壁を伝って標本を下へと導く男たちのロープも同じように確認した。こうして標本がフックでケーブルにつながれ、ゆっくりと地上へと下ろされていった。皆が緊張で見守る中、標本が地上への旅を安全に続け、無事に地面に辿り着いた時には皆歓声を上げた!

パキスタン・シガール渓谷地方/アクアマリン標本の採掘の様子
フォームと毛布でがっちりと包まれケーブルで吊られて崖をゆっくり下りていく標本に、鉱員たちが付き添って慎重にコントロールする。
「キング・オブ・カシミール」を観察する様子
採掘プロジェクトの関係者が「キング・オブ・カシミール」を観察する様子。この写真が拡散し、世界中を驚かせた。

後日、ポケットが初めて発見された際に地面に落ちていた結晶の中に、今回掘り出された巨大標本の結晶の外れていた部分にはまるものがあるか検証された。

優れた結晶が、もともとついていたであろうソケットに見事マッチングする様子は、なんとも信じがたい光景だった。メインとなる標本を、良好な状態で取り出せたことだけでも素晴らしかったのに、今度は最も大きく、良質な結晶がさらに標本に収まり、標本のバランスをより完璧なものとしたのだ。

この標本たちは丁寧に梱包され、ニュージャージーにあるファイン・ミネラルズ・インターナショナル本部へと発送された後、ミラノの自然史博物館の鉱物学キュレーターでもあるフェデリコ・ペゾッタ氏が率いる、MCP Company(Mineralogical Collection Professionals)へと送られた。

MCPは鉱物標本のクリーニングや調整を行うラボで、世界でも数件しかない施設の一つである。ここでまず、標本は薄い化学成分の溶液に数日間漬け込まれ、汚れなどを取り除き、フレッシュで綺麗な状態に戻された。同じプロセスがすべての外れた結晶や細かな結晶破片にも行われた。ポケットで採集したごく小さな結晶破片や、塵、砂に至るまでが取り寄せられていたのだ。それらを乾燥させたのち、外れた結晶や結晶破片、そして、届いた細かな素材もすべて、平たい箱に広げられ、本体標本に当てはまる素材がないか、徹底的にマッチング作業が行われた。

外れてしまったであろうアクアマリンの結晶と母岩のソケットは、ピタリと合致した。欠けていた箇所は細かな部分も含め、ポケットから採集された素材からほぼすべて見つかり、細かなディテールに至るまでほぼ完璧に再生されていった。

標本のディテール・クリーニングをする様子
MCPラボの技術者が標本のディテール・クリーニングをする様子。

次のステップは、標本全体の姿を評価し最終的なトリミングの判断をすることである。結果、全体的にごくミニマルに手を加えるだけとなり、底の岩部分を10cmほど切り取ることで結晶と母岩の完璧なバランスが達成されると判断された。施術後、標本の重さは200kg弱と計量される。

標本本体の一部をトリミングする様子
イタリア、ミラノにあるMCPのラボでメイン標本本体の一部をトリミング。

その後、デリケートで細心の注意を払ったサンド・ブラスティングがクォーツとフェルドスパーの結晶の一部に施され、そこについた微細な雲母の集合体が取り除かれた。同じようなものがほとんどのアクアマリン結晶の表面にも見られ、それらを完璧に取り除くことにより、鍵穴にはまるように結晶をソケットへ、より完璧に収めて戻すことに成功する。

それらの結晶を、水のようにクリアで粒子の細かなオリジナルのレジンを使ってソケットに固定し、クォーツ、アクアマリン、小さなショールの結晶に見られた細かな割れ目も、特製レジンを少量塗り込んで浸透させることで固定された。もともとがほぼ完璧な状態だったため、それくらいしか手を加える必要がなかったのだ。その後、鉱質除去された水と中性石鹸で、細かな泥を取り除くため最終洗浄され、標本調整が完成したのである。

再生プロセスを経た「キング・オブ・カシミール」
完璧な再生プロセスを経てダニエルの元へと届いた「キング・オブ・カシミール」。

完全に調整された標本は、氷のように青いメトロポリスが、雪のように白い土地に現れたかのような風景であった。これがアクアマリン標本の歴史上、最も優れたものであるとはっきり断言できよう。この個体の保護に携わったすべての人々が、歴史に残るこの標本を確保する物語において重要な役割を果たしてくれた成果である。