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相模原の住宅 | 野沢正光

川県郊外の住宅地で、特に目立つことなく、むしろ紛れ込むように野沢正光邸は立っている。48歳の時に造って27年。一人娘は独立し、通訳や翻訳の仕事をする妻との2人暮らしだ。建物は天井が低く開口部が大きい鉄骨造。センダンの大木を囲むように配した2つの棟と、それをつなぐ階段室から成っている。吉村順三や大高正人に学び、清家清の抑えたプロポーションを愛する野沢らしい、とてもささやかな住宅だ。
 
敷地には坪庭

チキンハウス | 吉田研介

「この家は、きちんと片づいている景色がいちばんいい。こうして椅子に座って眺めるとなおさらいい」「15年前、コルビュジエの〈母の家〉を見に行ったのだけれど、私の家の方が断然いいなと、心からそう思ったんですよね」
 
次から次へと、衒いのない言葉があふれ出す。吉田研介の自邸は、モダン住宅全盛の1975年、若手として頭角を現し始めていた吉田が37歳で建てた木造住宅だ。チキンハウスの意味は「拙宅」。欧米で

アレキサンダー・ジラード|出会ったらマストバイな超稀少ヴィンテージプロダクト

ラテンアメリカをテーマにした伝説的なレストラン〈ラ・フォンダ・デル・ソル〉のために、内装はもちろん、メニューやサービスワゴン、トイレの蛇口に至るまで、店内のあらゆるものをジラードが手がけた。特に人気の高いテーブルウェアのシリーズは、商品化を希望するファンも多いアイテムになっている。

チャールズ&レイ・イームズ|出会ったらマストバイな超稀少ヴィンテージプロダクト。

ゼニスプラスチック社製の稀少な初期モデルのシェルに、こちらも稀少な、ソリのエッジが丸くなっている初期モデルのロッカーベースの組み合わせ。特に、破損が多いヴィンテージのロッカーベースが、グッドコンディションで見つかることは稀。裏面のステッカーが綺麗に残っていると、さらに価値が増す。

DAY2:南のサンクチュアリを訪ね 北の遠近感に遊ぶ日。

〈さっぽろテレビ塔〉 前で待ち合わせ。東豊線で南下する車窓から町並みを眺め「僕が住んでた頃は三角屋根の家しかなかったけれど、今は平らな屋根が多いよね」と先輩。そしてこれから見学する 〈上遠野徹 自邸〉 はその極みだ。北の地へモダニズムを根付かせたキーマンは既にこの世を去っているが、建築事務所を継がれた子息・上遠野克さん家族がここを守り、全国から訪れる建築家の卵に勇気と学びを与える、いわばサンクチュ

DAY1:お薦めの コインロッカー。

かつて。街の中心には聖堂がすえられ、秩序の光は祈りの場から発していた。現代といえば、駅に銀行にショッピングモールと、効率よく暮らすことが何よりも優先された配置となっている。だから、ともすれば生産サイクルから振るい落とされてしまいがちな秘めやかな教会や、風土が生んだ美術家、建築家の作品なんかが暮らしの中へ自然に紛れ込む札幌は貴重な街だ。歩くもよし。地下鉄もよし。トラムもよし。疲れたなと足を止めれば、

ゼスティ・マイヤーズさんに聞くブラジル・モダンのこれから。

誰あろう彼こそ、ブラジル・モダンを世界に広めた立役者なのである。

ゼスティが共同代表を務めるNYの〈R・アンド・カンパニー〉は、イームズをはじめとする米ミッドセンチュリーの選り抜きを長年にわたり紹介してきたデザインギャラリーだ。その彼らがブラジル家具を展示し、「ブラジルにもミッドセンチュリーが?」とインテリア好きを驚かせたのは2000年代初めのこと。その後04年のセルジオ・ロドリゲス展を筆頭に、

ブラジル・モダンの金字塔、リナ・ボ・バルディのガラスの家。

近くで見ると予想以上に大きいボリュームには、ここで暮らした建築家の大胆な姿勢が感じられる。ピロティに潜り階段を上ると、内部には豊潤な世界が広がっている。ここは、建築家リナ・ボ・バルディが1951年に設計した〈ガラスの家〉だ。

リナが設計した住宅で現存するのはたった2軒。リナは「一般の人々のために仕事がしたい」と、次第に公共建築のみを手がけるようになったためだ。そのうちの一軒が、第1作で自邸の本作