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家づくり

写真家・平野太呂 ハウスメーカーとつくる家。

まず最初に、誤解を解いておかなければならないのは、たぶん、多くの人が、ハウスメーカーと家をつくる、となると、ほとんど、何も、自分たちの好きなようにはできない、と思っているだろうこと。間取りは自由、床材も建具も選べます、と言ったって、せいぜい選べるのはAかBの2択くらいで、本当に好きなものは使えないし、細かな希望なんて聞いてもらえないんでしょ、と思っていること。
 
違います。できます。ものすごく、

守谷の住宅 by 納谷建築設計事務所

夫婦ともに東京藝大の工芸科を卒業し、奥様の康舜香さんはジュエリーデザイナー、都内のゲームメーカーに勤務するご主人の平塚貴司さんはバイクいじりが趣味と、モノ作りに長けた2人。アトリエ兼ガレージである広々とした土間を活用し、さっそく家に手を入れ始めている。

例えば舜香さんの彫金作業場には、自作した工具棚が。道具のサイズや作業効率を考えて作ったものだが、同じくらい配慮したのが棚板の素材。選んだ木材は、

あゆんだ道が、家となった。

フライフィッシングという、自身を森に同化させるような釣りに、大袈裟に言えば人生を捧げている松井慎一さんは、「必要最低限の家をつくりたかった」と言った。ずっと憧れていたのは、H・D・ソロー『ウォールデン 森の生活』に登場する湖畔に立つ小屋。ソローが自給自足で暮らした小屋と同じように、外壁にはレッドシダーの板を20日間かけて自ら張った。8×8mのシンプルな家は、土地の形に合わせて東を向き、デッキからは

田んぼを見下ろす、小さな家。

家は、小さい家がいいと最初から決めていた。建坪約15坪だから、都心の家なら小さくはないが、ここは鹿児島の田園地帯。敷地はその10倍以上ある。田んぼを見下ろすのどかな環境の中にあっては、ことさら小さく、可愛らしく見える。
 
加賀江広宣さんがこの家に住み始めたのは6年ほど前。きっかけは、以前、福岡に住んでいた頃、デパートの展示場で〈シンケン〉のモデルルームに出会ったことだ。木造の柱も梁も現しで、面積

Back to the land 田舎に帰ろう。

「新築以上に手がかかったかも」と笑うのはアリソン・キャロル。ジェイとの結婚式を挙げた場所であるカリフォルニア州のジョシュア・ツリーが気に入り、家を購入したのが2015年。ロサンゼルスでの生活に見切りをつけ、2人は何の衒いもなく荒涼とした砂漠へと移り住んだ。
「改修する過程でできることは全部、自分たちの手でやりたかったので徹底して学びました」。砂漠暮らしの先輩たちにアドバイスをもらったり、ユーチュー

崖地に浮かぶ、コンクリートボックス。

 崖から飛び出すように浮かぶ青い箱。箱の隅を欠くキューブ状の凹みや、箱の底にある丸い出っぱりは、いつか別の物体と合体しそうにも見える。1973年公開の映画『ゴジラ対メガロ』にも登場したというその姿は、今見ても未来的でスタイリッシュだ。
 この住宅を設計した宮脇檀は「カッコよければすべてよし」を口癖とする建築家だった。
「ラジカセが欲しいと言えば、“カッコよければ買ってもいいよ”
と返ってくる。子供

写真家・川内倫子が家に求めたこと。

千葉県富津市に流れる清流のほとりに、写真家・川内倫子が家を建てた。敷地南西に流れる川に沿い、横に長く伸びる木造2階建て。敷地面積500坪に対して、家の建坪は約40坪。ゆったり取られた空き地のおかげで、風はよく抜け、光も心地よく入る。聞けば、これまで住んできたのは集合住宅で、「家」を建てるのは初めて。夫婦共に千葉に縁があるわけではなかったという。なぜこの場所なのか、国内外で活躍する写真家は、「家」に

曾祖母の暮らした家を“素材”として自由に使う。

 自分にとって世の中のものはすべて“素材”。家について聞く中で、そんな話を始めたアーティストの岡本亮さん。ここ数年は骨董に溶岩や動物の骨、季節の植物などの自然物を組み合わせた立体作品を発表していて、その延長で家も素材に見えているようだ。もちろん、作品に選ぶ素材は「鳥肌が立つほどのもの」で、家から受ける刺激はそこまで強くはないが、材料を見ればアイデアが浮かぶし、それを実行したくなる。その結果がこの空

セルフビルドで変化し続ける、広大な森の中の住まい。

 鳥取は大山の麓、6000坪の森の中に住んでいる。東京から家族3人で鳥取に来たのは2012年。鳥取には大輔さんの実家があり、「実家から送られてくる野菜がおいしかったから、いっそ引っ越しちゃおうか」と思い立ち、まずは大輔さんが幼い頃に暮らした村の古民家に移り住んだ。この場所と出会ったのは、1年ほど後のこと。せっかくだから、もっと自由で広い場所に小屋でも建てようか、ということになり、不動産屋に紹介され