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西寺郷太

グラミー賞の日に武道館で公演したジャネットの心意気。

2月上旬は僕にとって「ジャクソン・ファミリー」惑星直列。まずは、ジャクソン家次男で、ジャクソン5、ジャクソンズのティト・ジャクソンが来日。インタビューなども含め、週3回会いました。ティトがLAに帰った翌日、末妹ジャネットが武道館公演!
 
このライブが自分の人生でもベスト級の感動で。52歳の彼女がキレキレで踊りまくり、ヒット曲を細かく繋ぎ、映像と絡めて連打。なにより僕にはこの夜のショーのすべてが、

「20世紀最高の歌姫」のドキュメンタリーも必見です。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』が、興行収入100億円突破確実の記録的大ヒット。先日、ある若者から「実はあの映画の最後のシーンまで僕は〈クイーン〉って実在しないバンドだと思ってて。で、超いい曲!ばっかりだと感動してたんです。最後の最後に、フレディたちの本人映像がスクリーンに映された時、本当に存在したバンドだったのかと驚愕して号泣してしまったんです」と言われました。
 
あの映画に関して言えば、僕(ク

クイーンは爆音で聴きましょう。

1973年生まれの僕は、「クイーン直撃世代」ではありませんでした。僕がリアルタイムで「洋楽」に夢中になったのは、マイケル・ジャクソンの「スリラー」がお茶の間に浸透した83年から。9歳の頃です。当時は「MTVブーム」全盛期。若くてカラフルなファッションに身を包んだデュラン・デュランやカルチャー・クラブ、ワム!が一世を風靡していました。そんな中、たまに出くわすクイーンのビデオは異質。タイツに胸毛、口髭

クイーンの次はフィル・コリンズ再評価ブームが来る?

先月テーマに取り上げたクイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、驚異的なヒット作に。1985年7月に開かれ世界中を熱狂の渦に巻き込んだチャリティ・イベント『ライブ・エイド』のシーンの感動から、クイーン以外の当日のステージ動画などを検索しハマっている人も多いとのこと。

その『ライブ・エイド』。ロンドン会場で一番観客が沸き伝説化したのがスタジアム受けするクイーンだったのは事実。ただし、一番「活躍」

戦後日本において自民党はどう歩んできたのか? | 田中秀征 × 西寺郷太

「戦後日本を指導した政治家たちにまつわる本を紹介してほしい」。政治について独特な視点を持つミュージシャンの西寺郷太氏にそんなオファーをしたところ、返ってきた答えは「今、僕が政治について語るなら、『自民党本流と保守本流 保守二党ふたたび』を書いた田中秀征先生と対談したい」というもの。かくして、実現したこの対談。テーマは自民党の立役者たち。

〈スタジオ54〉のドアマンに追い返されたシック。

シックは、1977年にデビューした伝説のディスコバンド。レッド・ツェッペリンなどのハードロックにも心酔した彼らの魅力は、「パワフルなリズム隊とエレガントなムードの融合」。多くのアーティストに模倣されました。何より中心メンバー3人が猛者揃い。まずはカッティング・ギターの名手ナイル・ロジャース。ダフトパンクにファレルとともにフィーチャリングされた「ゲット・ラッキー」で知った若い世代も多いかと思います。

アイドルになるにはなにより「運」が大事です。

昨年夏、秋元康さんがテレビ朝日と立ち上げたオーディション番組『ラストアイドル』のPRに参加しました。1980年代の〈おニャン子クラブ〉から、現在の48グループ、坂道シリーズまで、女子アイドルの歴史を牽引されてきた秋元さんの仕事術を知れるチャンスと思い、引き受けました。当初のルールは挑戦者が暫定メンバーから1人を「指名」し一騎打ち、勝ち残った7人のみがデビューできるというもの。勝敗がたった1人の審査

安易な共感や参加者を省いたSuchmosのすごみ。

今、小学3年生の息子がサッカーに没頭しています。息子の試合を応援するうちに自分も改めてサッカーにどハマりしてしまいました。ちなみに僕はサッカー部出身。強豪チームに所属し、補欠ですが中学2年生の時には全国大会も経験、その頃からデータ分析が好きで。今回の「W杯」も全試合ノートを記録しながら観続けました。繰り返し聴いたのがNHKのテーマ曲、Suchmosの「VOLT−AGE」。正直、最初は日本のテレビ・

ビリー・ジョエルのあの名曲に隠された元妻の「素顔」。

ビリー・ジョエルを語る上で、豪腕マネージャーとして彼をトップスターに導いた最初の妻エリザベスの存在は外せません。彼女はもともと、ビリーが10代の頃に参加したバンド〈ハッスルズ〉時代からの盟友ジョン・スモールの妻でした。しかし、ビリーの才能を見抜いたエリザベスは、モーションをかけるように。次第にふたりは恋仲へと発展します。21歳の夏、裏切りの三角関係を終わらせるため自殺を試みたビリーは、機転を利かせ