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日本代表

スポーツという枠があり、人間の普遍は可視化された。

五輪3連覇、国際試合13年無敗、哲学とプーシキンを愛読。ロシアの偉大なレスラー、アレクサンドル・カレリンは、かつてそんなコメントを残したという。スポーツは肉体を酷使する。ゆえに言葉を求めるのだと。それを丁寧に紡いだ本は、時にスポーツの芯まで届く。読まないのは損だ。硬骨のスポーツライター、藤島大さんが案内する。


スポーツの名著。こう呼び得る一冊には、いくつかの前提があるという。まずは書き手の愛。

安易な共感や参加者を省いたSuchmosのすごみ。

今、小学3年生の息子がサッカーに没頭しています。息子の試合を応援するうちに自分も改めてサッカーにどハマりしてしまいました。ちなみに僕はサッカー部出身。強豪チームに所属し、補欠ですが中学2年生の時には全国大会も経験、その頃からデータ分析が好きで。今回の「W杯」も全試合ノートを記録しながら観続けました。繰り返し聴いたのがNHKのテーマ曲、Suchmosの「VOLT−AGE」。正直、最初は日本のテレビ・

日本代表御用達の、気になるスーツ事情。

日本代表といえば、スーツ、ジャケットで移動するのが定番。平昌オリンピックで日本の関係者が、五輪のエンブレムが入った紺のジャケットを着て移動していたのが、格好良かったな。では、ここで問題。次のブランドは、どの競技の日本代表のスーツのサプライヤーでしょうか? ダンヒル。ブルックス・ブラザース。洋服の青山。
 次号にお答えを  というわけにはいかないので、解答を書いてしまうと、ダンヒルは2000年からサ

ニッポン代表、国際化の波。

 日本のオリンピック選手も、ハーフの選手が増えましたな。これまでだって、ハンマー投げの室伏広治のお母さんはルーマニア人だったし、特に陸上では目立つ存在ではありました。今度のリオでも、男子100mのケンブリッジ飛鳥が代表的ですな。東京オリンピックに向けては、女子バレーで宮部藍梨(金蘭会高校3年)、男子バスケットだと八村塁(今年の秋からアメリカのゴンザガ大に進学)などのハーフの選手が脚光を浴びる時代に

年間1022回搭乗の先に見えてくる世界とは?

 自身の膨大な搭乗経験をもとに、飛行機にまつわる話をすべて機上で書き上げた著書『パラダイス山元の飛行機の乗り方』から3年。新刊『パラダイス山元の飛行機のある暮らし』を上梓したパラダイス山元さん。年間1000回以上飛行機に乗っているそうだが、一体どうやってそんなに多くの数を、またなんのために? 答えは単純明快、目的や理由を持たず「飛行機に乗って飛んでいる時間そのもの」を楽しんでいるから。目的地につい

挑戦することをやめてしまったら、それは男じゃない。信頼と尊敬。共鳴し合う高い志が、男たちの道を切り開く。

 男とは愛する者のため、外に狩りに出ていく生き物。その根本は昔も今も変わらないはず。チャレンジスピリットを持ち続け、新たな道を開拓し、後輩者たちに道を切り開くのも男の役割だと思っています。僕はそういう尊敬すべき先輩たちの背中を見続けてきました。その一人が藤巻幸夫兄貴。彼との出会いは伊勢丹入社1年目、日本代表としてラグビー・ワールドカップに出場した時。ヒースロー空港で「お〜い、吉田君!」と大声で呼び

ラグジャーいまむかし。

 アスリートにもファッションの好みというものがありまして、スキーのジャンプの場合、選手によっては「この色のジャンプスーツじゃないと跳べない!」とこだわりを見せます。41歳、五輪で活躍した葛西紀明選手の好みは、黄色と黒。この2色じゃないとダメだそうです。色が変わると気分が高揚せず、ジャンプが失速してしまうこともあるとか。
 また、ユニフォームの素材や色合いにもトレンドがありまして、平成に入ってから大

ホーロー日本代表、〈野田琺瑯〉のシゴト。

 ウチは“自分が自宅で使いたいものを作る”のが基本。だから次々にアイテムが増え、鍋から保存容器まで200種以上。そのほとんどをこの工場で作ります」
 と話すのは、〈野田琺瑯〉社長の野田浩一さん。野田琺瑯は昭和9(1934)年創業。縁まで真っ白な保存容器《ホワイトシリーズ》で人気の、日本を代表するホーローメーカーだ。現在は、鉄板の生地を作るプレス工場と、ガラス質の釉薬を高温で焼き付けるホーロー工場を

テーマ〈続オリンピック〉

やつい 宮沢さん、当時の東京オリンピックは観てたんですか?
宮沢 観たよ。8歳だった。田舎にいたから生では観てないけどね。いまだに覚えているのは閉会式で父親が盛り上がってたこと。
やつい お父さん、ワッショイワッショイ上がってたんですね。
宮沢 三波春夫の「東京五輪音頭」が大ヒットしてて、閉会式のクライマックスっていうときに、親父が「ここで『東京五輪音頭』だ!」って叫んだんだよ。
やつい テレビに