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ワッフルソールの起源は ある日の朝食!?

オレゴン州で開催された五輪の陸上予選期間中に発表された「ムーンシュー」。ブランドの創設者の一人であるビル・バウワーマンが、ワッフル焼き器からヒントを得て、滑りにくさと衝撃吸収性を兼ね備えた“ワッフルソール”を開発! 後に様々なモデルに採用されたこの凸凹ソールだが、そのオリジンがほかでもないこのモデル。

上海スニーカー紀行。

最先端を貪欲に吸収しつつ啓蒙・発信する時代へ。

東洋の魔都といわれる上海の人口は東京の2倍以上もある。ビルは縦に伸びに伸び、空港からは高速リニアが走り、トイレは思っていたよりきれいで、街は整理され、活気に満ちている。
 
昨年オープンしたばかりのナイキの〈001〉はその中心の一等地にある。4フロア構成で、デジタルとオンラインを組み合わせた革新的なストアだ。コンセプトは「House of Inno

ビジーワーカーの腕には、正確、軽妙なデザインの時計で。 CITIZEN

袖口がもたつかず、スムーズな動きを得られる極薄ケースが最大の見どころ。クラス感のあるこの重厚な佇まいは、日常のスーツスタイルを格上げしてくれる逸品。わずか1.00㎜のムーブメントを配し、ケース厚2.98㎜(設計値)という驚異的な数字を実現させた、世界で最も薄い光発電ウオッチ。それが「エコ・ドライブ ワン」である。新作ではSSバンドの厚みが従来より0.3㎜も薄い2.1㎜に進化。シリーズ初となるシチズ

Sneaker is art? | トム・サックス

アーティストがスニーカーを作るという異例のコラボ、そして空前の大ヒット、さらに謎の多い最新作。渦中のトム・サックスにそもそもマーズ ヤードとはなんぞや? という素朴な疑問をぶつけてみた。
「ナイキとは2007年からミーティングを始めて、2011年にようやく合意に至ったんだ。僕の友人でもあるCEOのマーク・パーカーと意見交換を続けたけど、僕がやりたいことは彼が気に入らず、その逆もしかりで、お互いにな

時代に反逆し続けたプリンスが教えてくれたこと。

 プリンスが2016年4月21日に亡くなって3年。誕生日が6月7日(生きていたら今年61歳)ということもあり、春には追悼イベント、セレブレーション、リリースが多くて。個人的トピックは、4月に一時は約40万円まで高騰した幻のカセットテープ『ヴェルサーチ・エクスペリエンス』がリリースされたこと(ライナーノーツは、僕が担当)。予約時点でほぼ完売の大人気で(もともとはショーのみで配布された非売品)。

 

FBIが認めざるを得なかった、マイケルの「無実」。

 我が国が「令和」に改元される今年2019年は、マイケルが50歳で亡くなってから丸10年。彼の訃報が届いた09年6月25日のことを鮮明に覚えている方も多いはず。彼がジャクソン5のリード・シンガーとしてデビューしたのは、1969年秋のことでしたから、今年はデビュー50年の節目、さらに僕の人生の一枚『オフ・ザ・ウォール』のリリースが79年ですから『オフ・ザ・ウォール』も40年のアニヴァーサリーで……と

ナイトフィーバー仕様! またとないフラットソール。

ナイキが初めてエアを搭載した記念すべきモデル「テイルウィンド」に似たデザインのアッパーを採用しているのにもかかわらず、その魅力的なアウトソールの溝をなくし、踊りやすさを重視してしまった「ナイトトラック」。ニューヨークに存在した伝説的ディスコ、スタジオ54のために作られたもので、マイケル・ジャクソンがCMで履いたことで一躍話題に。

あらゆる「分断」から、人々を解き放つための場として。

森美術館が日本の現代アートシーンを総覧する定点観測的な展覧会シリーズとして、2004年より開催してきた『六本木クロッシング』。6回目となる今回は「つないでみる」をテーマに掲げる。
 
インターネット中心の社会がもたらすディスコミュニケーションや差別など、様々な問題が顕在化する今日。価値観の多様性が認められるようになった一方で、SNSなどの存在が、意見や認識の同調を助長していることも事実だ。本展では

追悼ウィル・ヴィントン。

クレイアニメーションの巨匠、ウィル・ヴィントンが逝去されました。クレイメーションという言葉を生み、造形に現代性と風刺を盛り込んだパイオニア。彼が手がけるキャラクターは、一目でわかる独特のエグ味で、僕にとっては80年代アメリカ文化のアイコンです。懐かしい「California Raisins」のCMはYouTubeに大量にアップされていて、今観ても顔芸だけで爆笑できます。そして最も思い出深いのは、マ