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80年代

追悼ウィル・ヴィントン。

クレイアニメーションの巨匠、ウィル・ヴィントンが逝去されました。クレイメーションという言葉を生み、造形に現代性と風刺を盛り込んだパイオニア。彼が手がけるキャラクターは、一目でわかる独特のエグ味で、僕にとっては80年代アメリカ文化のアイコンです。懐かしい「California Raisins」のCMはYouTubeに大量にアップされていて、今観ても顔芸だけで爆笑できます。そして最も思い出深いのは、マ

次世代スエットパンツ。

〈シテラ®〉のテクニカルスエットパンツがアップデートされ今季も登場。裏毛より軽く、断熱性が高い新素材で超快適。サイドポケットのウェルダー加工や、バックポケットのフラップ、フロントにはキーストラップを付けるなど機能も充実。180度開脚に対応するパターンで運動性も高い。19,000円(シテラ®/ヤマトインターナショナル☎03・5493・5651)

スポーツという枠があり、人間の普遍は可視化された。

五輪3連覇、国際試合13年無敗、哲学とプーシキンを愛読。ロシアの偉大なレスラー、アレクサンドル・カレリンは、かつてそんなコメントを残したという。スポーツは肉体を酷使する。ゆえに言葉を求めるのだと。それを丁寧に紡いだ本は、時にスポーツの芯まで届く。読まないのは損だ。硬骨のスポーツライター、藤島大さんが案内する。


スポーツの名著。こう呼び得る一冊には、いくつかの前提があるという。まずは書き手の愛。

クイーンの次はフィル・コリンズ再評価ブームが来る?

先月テーマに取り上げたクイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、驚異的なヒット作に。1985年7月に開かれ世界中を熱狂の渦に巻き込んだチャリティ・イベント『ライブ・エイド』のシーンの感動から、クイーン以外の当日のステージ動画などを検索しハマっている人も多いとのこと。

その『ライブ・エイド』。ロンドン会場で一番観客が沸き伝説化したのがスタジアム受けするクイーンだったのは事実。ただし、一番「活躍」

エンタツ・アチャコから知ってます、僕は。|糸井重里

 エンタツ・アチャコ(横山エンタツ・花菱アチャコ)を聴いたのはいくつの時だっただろう。小学校に入る前かな。「むちゃくちゃでごじゃりまするがな」ってアチャコのギャグが流行ったんですよ。テレビなんてまだない時代。ラジオの時代です。
 で、昭和30年代。僕が小学生だった頃。中田ダイマル・ラケット、夢路いとし・喜味こいし、秋田Aスケ・Bスケ。子供たちを含め漫才が爆発的に広まったんです。まだテレビ前夜。その

〈スタジオ54〉のドアマンに追い返されたシック。

 シックは、1977年にデビューした伝説のディスコバンド。レッド・ツェッペリンなどのハードロックにも心酔した彼らの魅力は、「パワフルなリズム隊とエレガントなムードの融合」。多くのアーティストに模倣されました。
 何より中心メンバー3人が猛者揃い。まずはカッティング・ギターの名手ナイル・ロジャース。ダフトパンクにファレルとともにフィーチャリングされた「ゲット・ラッキー」で知った若い世代も多いかと思い

70年代のソウルミュージックからもらったもの。|永井 博

 1968年からディスコへ通い始め、ソウルミュージックに魅了されました。当時お店でかかっていたのはジェイムス・ブラウンや〈モータウン・レコード〉など、日本でも発売されていた曲が中心。思えば、大した知識なんかなかったんです。
 73年にイラストレーターやデザイナーたちと、40日間かけてアメリカ各地を旅行した時のこと。みんながすぐにNYへ向かう中、僕と湯村輝彦さんと数人だけ、西海岸に残り、LAやサンフ

現実から逃避するために、真正面から音楽と向き合う。|Oneohtrix Point Never

 普段はNYに住んで活動しているんだけど、やっぱりクレイジーな街だと思う。昔から変わらないと思うけど、新しい音楽が次々と生まれてくるし、情報が氾濫していて。少し生活環境を変えようと思って、新しいアルバム制作のために、西マサチューセッツに1ヵ月間家を借りることにしたんだ。もともと僕の生まれた場所で、自然が多く、本当に落ち着く環境だった。でも、本当に田舎で、よそから引っ越してきた人が珍しいみたいでさ。