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アフリカ

アジア、アフリカ、南米、知られざる音楽を語り尽くす。

ネットの発達や音楽制作機器の一般化、そしてDiploなどの目利きDJによる“発掘”を通して、局地的に楽しまれてきたダンスビートが新しいジャンルとして世界に広がり、ムーブメントを起こしている。ここではインドネシアのファンコットと出会い、アルバム『Enak Dealer』を日本でリリースした高野政所氏、アフリカのダンスビートを探り、DJとしてフロアを沸かせるHiro “BINGO” Watanabe氏

旅に出ることだけが旅じゃない。

アラスカの氷河、アフリカの大自然の写真。もしかしたら一生行くことがないかもしれない、と思う場所の写真に出会うとワクワクする。「旅フォトグラファーの次なる目的地」で石塚元太良さんを取材させていただいたときのこと。アトリエには、旅の写真が入った箱と6冊の本。ライフワーク的にアラスカの撮影をしているとのことで、見せていただいたのは、アラスカのゴールドラッシュ時代の家族の手記や写真が収められた『ALASK

オリンピックもピンク映画も撮ったのは、俺ぐらいかな。|山本晋也(最終回/全四回)

 結局、ピンク映画は240本から250本ぐらい撮ったのかな。監督になって最初の3本までは面倒を見るって言われたんだよ、会社にね。3本の中から1本でもヒットが出たら監督として雇うからって(笑)。そしたら『未公開の情事』がヒットしたんだよ。いいタイトルだよね。『狂い咲き』『未公開の情事』とかさ。この前、俺の作品の一覧をリストにして持ってきてくれた人がいてね。俺の映画はあれですよ、ピンクのものがフィルム

初代〈みんぱく〉館長によるアナログ時代の情報整理術とは? |梅棹忠夫

 今年は日本万国博覧会(EXPO'70)が開催されてからちょうど50周年にあたる。当時のパビリオンのほとんどは姿を消したが、万博の精神を21世紀に継承する施設といえば、閉幕後、新たに創設された〈国立民族学博物館(みんぱく)〉だろう。

 みんぱくの初代館長だった梅棹忠夫(1920~2010)は大阪万博にも深く関わっている。「太陽の塔」の地下部分のテーマ展示「いのり」の天井には、当時京都大学教授だっ

大阪万博の熱狂が生み出したレガシー。

 大阪が、いや日本が誇る国立民族学博物館(以下みんぱく)は、施設規模では世界最大級の民族学博物館だ。こうした民族学博物館が、首都ではない場所にあるのは、世界的に見ても非常に稀なケース。なぜ東京でなく、大阪にあるのか? それは1970年の大阪万博で岡本太郎が提案した、太陽の塔の地下内部に世界中から集めた民族資料を展示し、人類の原点を示す、というアイデアが、みんぱく設立の契機となったからだった。
 そ