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神奈川県

盛って描くかリアルを残すか、 男たちの顔面決戦。

平安時代、礼拝や尊崇の対象として描かれたのが貴人や高僧の肖像画。やがて写実的な墨描きポートレート「似せ絵」を経て、中世には天皇や武士など権力者の肖像が描かれ始めた。
 時の大物の絵とあらば、求められたのはリアルな姿より、本人や発注者にとっての理想像だろう。抑えた表現で気品と威厳を描き出した《伝源頼朝像》はいかにも人格者に見える。《鷹見泉石像》は、蘭学の弟子(渡辺崋山)が師匠(泉石)を描いたものだか

日本では約20年ぶりのアルヴァ・アアルト回顧展。

積層合板の丸い座面に、バーチの無垢材を加工して作った3本脚を付けた、かの有名な丸椅子「スツール60」。アルヴァ・アアルト(1898〜1976)の家具は大量生産を念頭に規格化された「部品」を組み上げて作られ、ある意味単純で色気がないようにも見えるが、それゆえか、今から80年以上も前に作られた丸椅子はじめ、現代の生活空間においても普遍的な魅力を保ち、時代に取り残されないデザイン強度を保ち続けている。

暮らしを味わい、感じ、楽しむための道具作り。

さまざまなショップが入居するユニークなマンション。その一室に、北海道では珍しい箒職人の工房がある。吉田慎司さんは中津箒の職人。明治時代から神奈川県愛川町中津で作られ、一時途絶えていた箒を中津箒の名で復活させた〈まちづくり山上〉の社員として、2017年札幌に移住。吉田さんが作るのは、土地に根ざした道具としての箒だ。箒草を束ねる編み込み部分には、昔ながらの藍のほか、道内で手に入る植物で染めた糸も使用。

近代北海道の歴史はここから始まった。

北海道大学、通称「北大」の前身、札幌農学校が開校したのは1876(明治9)年のこと。旧東京大学よりも1年早い開校だった。箱館戦争が終結したのが1869(明治2)年だから、明治新政府がいかに重視し、その設置を急いだのかがわかる。当時、蝦夷地改め北海道にはロシア南下の脅威があった。ぼーっとしている余裕はない。北海道開拓は新政府の重要課題の一つだった。
 
それにしても、新しい国づくりの根幹に農業(酪農

世界を読み替える、クトゥルー神話の魅力。

人類が登場するはるか以前、地球を支配していたのは異次元から到来した邪悪なる神々だった。異形の姿を持つ邪神たちは、地底や海底で眠りに就きながら、復活の時を虎視眈々と狙っている。「クトゥルー神話」とは、こうした壮大な世界観のもとに創作された複数の作家たちによるフィクションの総称だ。その起点となったのは、アメリカの怪奇小説家H・P・ラヴクラフトが1920年代から30年代にかけて執筆した作品。彼の死後、多

映画は現場の共通言語だから、 カントクが「観てない」は恥。 | 入江 悠 (映画監督)

『SR サイタマノラッパー』で注目を集めてメジャーデビューした入江悠監督。29歳の時にWOWOWドラマ『同期』の監督に抜擢された際、役者もスタッフもベテラン層に囲まれ、プレッシャーは相当なものだったとか。「せめて“自分の方が映画を観ているぞ”という自信がないと、現場に入った時に気持ちで負けると思って、撮影準備として、ひたすら映画を観まくりました。例えば、竹中直人さんが休憩時間にポロッと言った映画は

平山夢明

 ヅカ石ヘド彦。誤記ではない。ヅカ石は、「元漫才師で今は主にグルメリポーターをやっているオーバーオールのデブ」。小説『反吐が出るよなお前だけれど……』では、「ラーメン屋〈中華コリーダ〉」を、彼がディレクターと取材のための試食に訪れる。もとより店員夫婦もただものではない。「コイカタオオメノブタマシ?」、そして、「どぶどろ? どぶどろのぶろどろ?」「どぶどろましましのどろどろましましぶろぶろ?」と、ど

松㟢煎餅 モトスミ・ブレーメン通り店

 文化元年(1804年)創業、210年余の歴史を紡ぐ〈松㟢煎餅〉。江戸時代から作り続ける瓦煎餅は、東京の代表銘菓の一つだ。そんな〈松㟢煎餅〉が昨年の松陰神社前店に続き、今年8月、2店舗目となる直営カフェを元住吉にオープンした。本店を構える銀座とは異なり、商店街に出店するのはなぜなのか?
 店を手がける8代目・松㟢宗平さんが目指すのは、自社の煎餅とカフェが街をつなぐ、いわば地元密着型のコンセプトスト