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男らしさ

女の怒りに共感することで、男は初めて男らしい男になる。

 モロッコ・カサブランカに住む同姓の女性から出自を訊ねる手紙を受け取ったチェは、「私とあなたとが近縁の親戚関係にあるとは思えないのですが、世界で不正義が犯されるたびにもしあなたが怒りに打ち震えることのできる方であるならば、私とあなたとは同志にほかならず、このことの方がよりいっそう重要です。“祖国か死か、我々は勝利する”」と返信。この挿話を知り、私は「2つ、3つ、無数のベトナムをこの惑星上に咲き溢れ

あえて不安定なところに身を置く、それがカッコよさに繋がる。

 助監督として師事した阪本順治監督には、少し引いたスタンスで客観的に物事を見る冷静な態度や現場を牽引する力強さなど、映画作りを通して多くを学ばせてもらいました。また、日本映画界を背負っていくという気概を言動ではなく日頃の姿勢で示すところに器の大きさを感じます。岸部一徳さんは確固たる美学の持ち主。僕が“死”について質問した時も、臆することなく持論を述べてくださって、そうした意識の高さが色気に繋がって

ワールドワイドなミュージシャンはエピソードの宝庫。信頼できる男としての器の大きさが魅力。

 ザ・クラッシュのフロントマンだったジョー・ストラマーは、音楽の世界での革命家のうちの一人。器のでかさ、すなわち自分のエゴだけでなく、弱者へのまなざしを持ち、大義のために立ち上がり、世のため、人のための社会派を実践した男の中の男。ラブソングよりも、メッセージ性の強い政治的な作品を多く残しました。若いファンのため、自分たちの収入が減るにもかかわらず、2枚組のLPを1枚と同じ値段で発売したり、遠くから

常識にとらわれず、信念に従い、フェアであること。力の時代は終わり。男らしさは、戦うことから問い導く方へ。

 物心ついた頃から、あらゆる面で白洲次郎の影響を受けてきました。戦前戦後の激動の日本を生き、英国仕込みの紳士道で、「日本のプリンシパル」と呼ばれた男。白洲さんについては父からの影響が強いです。父は白洲さんと同じく代々貿易商の跡取りとして育ったことや渡米留学など、彼と近い境遇にいたことでシンパシーを感じていたんだと思います。その親に教育を受けたこともあり、テーブルマナーはもちろん、フェアプレー精神、

表現に本気と冗談が入り交じる3人のクリエイター。

 曲が良くて、歌詞が良くて、サングラスが似合って歌い方がクール。荒木一郎さんは音楽家としてあり余るほどのギフトを備えた才人。一方で、女優のプロデュースやマジシャンをやっているなど、ミステリアスで、本気か冗談かわからない人。田村隆一さんのエッセイに目を通していると、毎日ウイスキーを飲んでいて、いつ仕事をしてるんだろうと思うけど、詩を読むと、人間の能力を最大限活かしているような言葉繋ぎに唸ってしまう、

何があっても思想を曲げず、揺らがない男たちの生き様。

 森鷗外は、軍医として、いわば体制内に身を置きながら、ラディカルな作家であり続けた。田中角栄は、あまり評判がよくないイメージですが、アメリカに臆することなく、オイルメジャー依存からの脱却を図って積極的な資源外交を行うなど、決断と実行を身をもって示した点は、もっと評価されてもよいと思います。『国際政治  恐怖と希望』などの著作で知られ、私が司会をしていた『サンデープロジェクト』にもたびたび登場しても

ぶれない根気と演じ続ける勇気を持つことが男の条件。相手の夢を壊すくらいなら、会わないくらいの覚悟が必要。

 僕にとって、男らしい男の条件とは、なによりもまずぶれていないこと。その意味で、一番初めに思い浮かんだのは、バッファロー吾郎Aさん。特に笑いに関してはもう20年以上、僕は彼を基準にし、目標にしています。変わらないことがあるということが僕をいつも安心させてくれるんです。
 芸人でいえば、ピースの又吉直樹さんもまったくぶれない人ですね。現在の芸能界には、流行や時代に合わせて主張を変える人が多いように思

『私があなたに見ているもの。』

昨今、“日本の男性の元気がない”らしい。“男らしさが見えにくい時代”らしい。そんなこと、私は思ったことがない。確かに身ぎれいな男の人が増えた。ひどく外したファッションの男性も減った。野性的な雰囲気を漂わせた男の人は少なくなったかもしれない。けれど、それを嘆くべきことだとは思わない。十年前、二十年前、男らしい男は日本に多かったのか、考えてみたけれど、よく覚えていないし、覚えていないということは、それ

『仲良くしてね!』

 ぶらりと入った本屋の雑誌コーナーで、たまたま目に留まったブルータスの表紙に、特集「男の定義」の文字が躍っていたら
……その文言を見ただけでビビッてしまい、いきおい傷ついて、落ち込んでしまいそうだ。もし自分が、男だったら。
 それでもめげずに雑誌を手に取り、パラパラめくった先に、あろうことか三十代の女の作家が書いた「男らしさとはなにか」についてのエッセイが載っていた日には、“そっ閉じ”必至である。