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戌井昭人

「このレースは難しい展開になるぞ」

三車そろいました。ココは暗闇レース場、世界一難しいといわれているコースです。走り出したらすぐに暗闇、自分がどこにいるのかわからなくなり、さらにゴールが何処だかわかりません。ですから、それぞれガムシャラに走っていただき、偶然にもゴールに着いた者が勝者となります。1号車は黒住たけし秋田出身、2号車は黒田かんたろう岩手出身、3号車は黒沼じんすけ東京出身、さあ、暗闇に向かって漕ぎ出しましょう。

「チリ散らばって事件なり」

赤いラインの先に、丸めた新聞紙を抱えた男が転がっていた。新聞紙の中には、焼芋が三本入っていた。一本は食いかけで、あとの二本は、まだ温かかった。つまり、事件が起きてから、たいして時間は経っていない模様だ。一方で、新聞紙の保温力が相当なのかもしれないという懸念が浮かんできた。ここは帰りに焼芋を買い、検証してみる必要がある。だが私は焼芋が苦手なのだ。仕方がない、芋は隣の婆さんに、おすそ分けだ。

「赤い靴を履いてりゃ 乙なんだ」

明日があるからよけいに疲れてしまうのよ。空が曇ったり晴れたりするから腹が立つんだ。波はおしよせてはひいて、海岸にタコが打ちあげられた。恋人たちは笑いながらタコをもてあそぶ。赤い靴を履いておめかしをしたけれど、迎えが来ない。だから目印になるようにビニールを頭からかぶってみたんだ。しばらくすると空に銀色の光が見えた。あれは、ぐるぐる回る円盤だね。わたしを迎えに来たんだね。赤い靴を履いといて良かったよ。

「地球がまわるから、放り出されちゃうのよ」

 青空があって街があった。ビルの隙間でセミが鳴く。猫が地べたにへばりつき、人間があぶら汗をたらしながらヘタレこんでいた。高みにのぼって、すべてを手に入れた気分になってみたけれど、コレは俺のモノではないしアンタのものでもない。まして神のモノでもなけりゃ、街をとり仕切る極悪人のモノでもない。地球がまわって街が傾いていく、無用な我々は、斜めになった地面を滑っていく、掴まるものはない、そして放り出されてし

「いじわるね、あとひときれよ」

 カブトムシが食っちまったんだ、とあの人は言う。庭の井戸で水を汲んで、頭からかぶって戻ったら、このありさまだったんだ、とあの人は言う。あの人は、わたしがスイカをこのうえなく好きなのを一番知っているはず。わたしが子供のころ、スイカと心中未遂をおかしたことだって知っているのに、それなのにあの人は、乱暴にスイカを食べたあげく、たった一切れだけ残して、このありさまよ。さらにカブトムシが食べたなんて嘘をつい

「褒められる前に、褒めちゃうよ」

 ないないない、それはない、噛みちぎった耳をポイと吐き捨て、テンポを鈍らせ進んでいくよ。いつまで待っても、電車は来ないし、明日も来ないだろう。でもね、手を叩いていれば、目の前の線路は延びていくはずだ。先はまだ長いし、終わりはいつまで経っても見えてこないだろう。でもね、止まっちゃ駄目だ。転んでも何事も無かったように起き上がれ、そんでもって、明日のために手を叩きながら進んで行くのだよ。

「ここが事件の 現場でございます」

「サンダルを履いた青年が耳からパンをぶら下げて、このライトの下で、三三七拍子をした挙句、大声で木遣りを唄いながら、小枝を振りまわして、虫を追っていたのです。翌日現場には、羽虫の死骸が多数ありました。青年は、小枝で羽虫を叩き落としていたとみられます。現在、青年は逃走中、現場近くに投棄してあった自転車に乗って、南下しているとみられます。小枝を振り回し自転車に乗っている青年を見かけたら、連絡ください」

俳優論。あるいは、なぜ亀岡拓次は役者ではなく俳優と呼ばれるのか?

「この俳優、どこかで見たことがあるけど、名前まではわからない……」。映画やドラマを見ていて、そうつぶやいた経験はないだろうか? 亀岡拓次とは、そんなどこにでもいる脇役俳優の一人。彼のうだつの上がらない人生をチャーミングに描いた映画『俳優 亀岡拓次』が公開中だ。そこで原作者の戌井昭人と監督の横浜聡子に語り合ってもらった。キーワードは、「俳優とは何か?」。

横浜聡子 ずっと気になっていたんですけど

「もーたーぼーと君、インザ住宅地です」

 このまま行けば、そこの家、漏れる光の台所、なんにもならねえおれの勘所、今日の晩飯なんだろな、漂う換気のニオイを辿って、鼻の穴ふくらませ、吸い込むぜ、そのニオイ、働かせるぜおれの五感、いらねえぜ第六感、リアルに知りたい晩飯のこと、でも、やっぱり、わからねえ、換気扇から漏れる、家族の歓喜の声に、その家族の幸せ知りました。きっとステーキかなんかだろう。おれも、家族の元へ戻りたい。

「もりもり食べたら、 突っ走っていきます」

 もりもり食べるよ。お腹が破裂するまで食べちゃうよ。動けなくなるまで食べるよ。トマトを頭の上に乗せて、フライドポテトを鼻の穴に突っ込んで、玉ねぎスライスを目に挟み、人参を耳の穴へ、フォークとナイフをズボンのポケットに突っ込んで、油の汁を顔に塗りたくり、右手にご飯、左手に肉の塊、気合を入れて立ち上がったら、店を飛び出す。すると、外で大きな猫が待っていて、わたし、襲われました。