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“WILD FLOWERS” in New York / Photo by Joel Meyerowitz

ジョエル・マイロウィッツは絵画のような美しい構図の写真からストリートスナップまでを手がける、世界を代表する写真家。彼が1963年から81年までに撮影した写真の中から花をテーマに一冊に編んだ写真集が『WILD FLOWERS』(1983年刊)だ。花がテーマの写真集はあまたあるが、野の花を意味する題名を冠したこの本は、世界中の街にあふれるさまざまな花、いわゆる公園や庭に咲く花だけでなく、造花や部屋の壁

ヴィンテージの器と水仙。

パックリ開いた白い魚の口から、ニョッキリ生える黄色い「ダッチマスター」。どこかユーモラスでキュートなその姿は、「生け花」でも「フラワーアレンジメント」でもなく、「好きな花を選んで、好きな器に入れる。それでおしまい」と笑う岡尾さんらしさに溢れている。花器として使うには少し難しそうな、こんな個性的な器に花を飾っても、そこに“気負い”は一切ない。
「柄のある器に飾る方が好き。たまたまそこにあった、という

ナチ侵攻で霧散した、 欲情渦巻く幻想都市。

 フランツ・カフカの手紙や日記から娼婦の館通いやエロティックな妄想の記述は編者マックス・ブロートによって削除されていた。作曲家レオシュ・ヤナーチェクは若き愛人カミラとの愛の行為のさなかに天上に召された(噂)。ノーベル賞受賞の詩人ヤロスラフ・サイフェルトは、通りすがりの裏通りの家の窓のカーテンがあき、そしてにっこりほほえむ少女が白いブラウスを脱ぎすて誘惑のポーズをとる、この青春の一コマを人生最高の思

オイルドコートとデニム|ゴーチェ・ボルサレロ

パリのライフスタイルマガジン『ホリデー』から派生したアパレルブランド、ホリデーボワロのスタイルディレクターとして活躍するゴーチェ・ボルサレロさん。パリ16区のボワロ通りにフラッグシップショップも構え、地下にはヴィンテージ好きの彼が注力した古着のアポイントメント制ショールームも併設している。また最近では、フランスの男の子たちにハイファッションとカジュアル、古着をミックスしたお洒落を提案すべく『レティ

ジャケットとネクタイと時計|ハリー杉山

ニューヨーク・タイムズの東京支局長も務めたイギリス人ジャーナリストの父を持つハリー杉山さん。11~18歳の思春期をイギリスで過ごし、イギリスで一番古い全寮制の学校ウィンチェスター・カレッジを卒業。1382年から続く名門校に、祖父、そして父と代々が通っている。寮に入った13歳の時から英国でジャケットを着てきただけに、フォーマルへのこだわりはかなりのもの。50枚は所有しているというジャケットの中でも、

【長野、仙台、大阪、小倉、津、そしてケニア。】そして、誰も皆無口で、ウガリを◯◯した。

芝居の巡業で、長野に行き、仙台に行き、大阪に行き、小倉に行き、三重の津にまで行った。「どこ行くの?」「津」。発するのに一秒かからないスピード感に満ちたこの町には、その名前にふさわしく一日しか滞在しなかった。芝居後、食べ歩きをする元気もなく、津の夜は終わったのだった。その土地に旅して、その土地のものを食えない。それは虚しい。仙台では牛タンを食べ、長野では蕎麦を食べた。津には、なんの思い出も残らなかっ

近代絵画のブルース。

「リアルこそ至高」を伝統とする西洋美術が本格的に流入し始めた明治時代。西洋画を見た画家たちの「ホンモノっぽい!」という衝撃から、日本の油絵はスタートした。幕末に来日したイギリスの画家ワーグマンに学んだ高橋由一は、明治維新後の美術界を変えるのは真に迫る表現ができる洋画だと胸躍らせる。日本初の油絵を描き、私塾を作ったり美術雑誌を発行したりしてその魅力を広めた。後に続く洋画家たちも、留学したり西欧の画家

フランケンの花嫁、 ランチェスター自伝。

エル・ファニング主演の『メアリーの総て』は、『フランケンシュタイン』を書いたメアリー・シェリーの文化周辺をくまなくさぐり脚本に生かした、まさに邦題通りの映画となっていた。特に父親が経営していた、当時の文化センター=書店の山積みされた書籍のたたずまいにはうっとりするばかりだ。

200年経っても舞台化、映画化を含め、いろいろな試みがなされているが、ブームの思わぬ余波が一人の女優の自伝の復刊にも及び、