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サンフランシスコ

ウォレス・バーマン 逮捕(前回の続き)。

 アメリカの1950年代、60年代にロサンゼルス、サンフランシスコと西海岸で活動し、事典的にいえばビートからポップ、ジャズからロックへの移行期を鋭く厳密な姿勢で生きた(プロのギャンブラーでもある)アーティスト、ウォレス・バーマンは、しかし、生涯1回しか商業ギャラリーでの個展をやっていない。そのわずか1回の個展(1957年)もオープニングの日に、わいせつ物陳列容疑でバーマンは逮捕、拘留されたため、関

中心地を持たないビッグ・サーを散策するために。

ビッグ・サーに訪れたら、ここにステイしなくてはならないともいわれるビッグ・サーの聖域。ビッグ・サーの初期の雰囲気を今でも味わうことができる。1930年代初頭にノルウェーからやってきたヘルムート・ディージェンが仲間たちとともに建てた北欧式アコモデーション。土地のレッドウッドで建てられたキャビンは部屋ごとに構成や調度品が違うため、違う部屋を楽しむために訪れるフリーエンターも多い。クラシックスタイルのレ

ハンター・S・トンプソンがこの地に焦がれた理由。

 最初の夜はビッグ・サーを訪れるならば一度は泊まるべきだという〈ディージェンス・ビッグ・サー・イン〉。ノルウェーからの移民であった夫婦がここの森で伐採したレッドウッドを製材し、手作りで建てたというキャビンが立ち並ぶ博物館ものの古宿だ。どれ一つ同じデザインの部屋はなく、そして入口に鍵もない。すきま風が吹き込み、隣の部屋と隔てる壁は文字通り板一枚で、話し声やら床の軋む音も聞こえる。寒くなれば部屋に備え

ハイウェイ1を下る、ビッグ・サーを再訪するために。

 ビッグ・サーのことを一番最初に知ったのはいつだっただろう? 『路上』を書いたジャック・ケルアックを読んだ時か、それともインドでアメリカ人の老ヒッピーから聞いたのが先だったか。90年代にはまだ60年代から70年代初頭をヒッピーとして暮らした人たちが世界各地にいて、いろんな昔話を聞けたものだった。そんな中にジャック・ケルアックの追悼式に出た人がいて、それがビッグ・サーであったということを聞いたことだ