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東京国立近代美術館

令嬢、マドンナ、豊満美人。 女たちの美的競演。

性像には、画家たちの理想が詰まっている。俺/私こんな人が好きなんですよという、いわば自己紹介だ。だから、顔の造作やプロポーションはもちろんだが、色気と品のバランスや醸し出す雰囲気、ファッションセンスを見て、なるほど……と想像すると楽しい。例えば、「とろけるような、又、豊かな自然と、豊満な感じの女とがあらわれてさえいれば、私の要求は満たされたのです」という言葉が、どの女性を描いた画家のものかは一目瞭

世界はグラフィカルだ!

クレヨンを手に入れた子供が太陽と山と木と花を描くような愛着や、「大自然の姿は共感を得やすいよねー」という策士の目でもって、日本人は自然に親しみ、四季の景色を描いてきた。では明治維新後、新たな日本絵画を創設しようともがき続けた画家たちは、自然をどう描いたのだろう。菱田春草や速水御舟や福田平八郎は、徹底した写生や西洋の遠近法を取り入れた三次元的描写を経て、琳派の色彩や意匠を研究。平面的で装飾的な画面を

歴史画の起死回生。

「日本画」という言葉や概念は、哲学者アーネスト・フェノロサが、明治15(1882)年に使ったのが始まり。西洋礼賛一辺倒だった明治11(1878)年に来日したフェノロサは、教え子の岡倉天心とともに日本美術の再興に努める。やがて伝統的な日本美術を教える〈東京美術学校〉も開設。校長となった天心は、「伝統を学ぶ。写生をする。意味を表現する」の3つが新しい日本画と説いた。そんな中、中国と日本の史話や神話を題

近代絵画のブルース。

「リアルこそ至高」を伝統とする西洋美術が本格的に流入し始めた明治時代。西洋画を見た画家たちの「ホンモノっぽい!」という衝撃から、日本の油絵はスタートした。幕末に来日したイギリスの画家ワーグマンに学んだ高橋由一は、明治維新後の美術界を変えるのは真に迫る表現ができる洋画だと胸躍らせる。日本初の油絵を描き、私塾を作ったり美術雑誌を発行したりしてその魅力を広めた。後に続く洋画家たちも、留学したり西欧の画家

裸体デモクラシー。

ヌードを芸術として描き、公の場で鑑賞するという文化が日本に入ってきたのは明治後期。美しい裸体表現は精神の美を表す手段であると考える西洋では、ヌードが絵画の重要ジャンルであり、宗教画の場面という言い訳でエロスとしてのヌードもたくさん描かれてきた。が、日本ではそういう西洋のヌードに触れるまで、エロスを描いた春画はあれど「裸体」ジャンルはなし。日本の裸体デモクラシーは意外と最近のことなのだ。明治中期に渡

夏休み本番! 大人も子供も楽しめる、夏の特別企画。

 いよいよ夏休み本番。海や山で思いっきり遊ぶのもいいけれど、今年は涼しい美術館や博物館で、ゆったり過ごすのもいいかもしれない。なぜならこの夏、大人も子供も楽しめる特別企画が、各所で目白押しだからだ。
 東京国立近代美術館では『MOMAT サマーフェス』と題して、昼も夜も楽しめる約2ヵ月のイベントを開催する。展覧会を中心としたイベント、ワークショップのほか、週末はナイトミュージアムを開催。21時まで

「ナニデデキテルノ?」とつぶやけば、大人も子供も好奇心が湧いてくる

「工芸」とひとくくりに呼んでも、陶器、漆器、織物のようにその種類はさまざま。これらの工芸作品がどんな素材からできているか気にしてみたことはあるだろうか。普段私たちが着ている「服」も、「繊維」が「糸」になり、それを織って「布」ができ、「服」になっている。今回、そのように一つの作品が何でできているのかということにフォーカスした展覧会が行われている。工芸鑑賞はちょっと難しい……と感じている人にこそ体験し

伝統的な手法で、型破りな作品を作り続ける。|齋藤敏寿

 様々な形をした複数の陶のパーツと鉄のパーツを組み立て、抽象的で巨大な陶芸作品を作り出す。今回のコンセプトは“アーキタイプ=元型”。「人間が持つDNAや原子、分子やその先にある物事の根元の形とは何かというイメージです。不定形で一見“ナニコレ⁉”と思われる僕の作品ですが、実は作陶工程を正確に踏んでいかないと出来上がらない形。僕って実はすごく伝統的な陶芸家なんじゃないかな(笑)」。抽象的な形だが、何か

美術

 この作品を美術の立場から見る時、フランシスコ・デ・ゴヤのイメージを重ねないわけにはいきません。すなわち「巨人」と「わが子を食らうサトゥルヌス」ですが、「巨人」については数年前、弟子の作だと結論されました。「わが子を食らうサトゥルヌス」にも別人説が出ていますが、ゴヤ作という前提で話すとすると、このサトゥルヌスと、諫山さんが描く巨人には共通して惹かれる部分がある。それが食人です。人間の根源的なタブー