キーワード

オレンジ色

はまの屋パーラー

 有楽町駅近くのビルの地下。夫婦が営む喫茶店〈はまの屋〉は名物のサンドイッチが愛され、近隣会社員らのオアシスだった。しかし2011年、惜しまれつつも45年の歴史に幕を閉じた。翌年、ビルオーナーからの依頼を受け、その歴史と味を引き継ぎ〈はまの屋パーラー〉として復活させたのが、コーヒーにまつわる店や様々を運営、プロデュースする会社〈バードフェザー・ノブ〉だ。
「初めて〈はまの屋〉を訪れた時のままの状態

あるわ、あるわ、変態タイトルが続々。

 一昨年、駐日アイスランド大使館後援で、ドキュメンタリー『最後の1本』が公開された。最後の1本、は死ぬ間際の煙草でもなく、有名監督の最後の映画というわけでもない。副題にこうあったからだ。『〜ペニス博物館の珍コレクション〜』。哺乳類のペニスをことごとく収集した私設博物館にないものはただひとつ、ニンゲンのそれであった、そこで最後の1本として……。
 江戸春画のとてつもない誇張によって、日本人のペニス・

僕はイメージ戦略的な嘘の使い方が上手なんですよ。|佐々木 忠

 最初に作った水着で確か、最初の5万円が60万円ぐらいになったんです。それで、次にやったベストがバカーンと売れたんですよ。1年くらい作って180万円ぐらいになったのかな。男物を出せば売れた。ないんだもの、男物が。僕はファッション界で何もしてないけれど、何か影響を与えたかなって一つ言えることが、男の人に赤っぽいものを着せたり、パステルとかを着せたってこと。当時は男物に色なんてなかったですからね。赤も

そろそろ一流の暮らしやセンスを身につけようと思うんだ。|松浦弥太郎

 あの頃、僕にとっての「一流」とは「本物」だった。生まれてはじめて本物を手にしたのは、小学五年の時だ。中野区に暮らしていた僕は、若宮リトルリーグに入団し、硬式野球に励んだ。入団に際して、僕は硬式用グローブを母にねだった。神保町の〈美津濃スポーツ〉を訪れ、プロ野球選手用の「ワールドウィン」を選んだ。モデルは内野手用で、巨人軍の土井正三が使っているのと同じだった。頑として他のモデルに目もくれない僕を見