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デヴィッド・ボウイ

ブライアン・イーノが語る、映画音楽の作り方。

自身が手がけた300曲近い映画音楽の中から厳選され、さらに細かく編集作業が加えられたという全17曲。デレク・ジャーマン監督『セバスチャン』(1976年)やミケランジェロ・アントニオーニ『愛のめぐりあい』(95年)から、マイケル・マン監督『ヒート』(95年)やデヴィッド・リンチ監督『デューン/砂の惑星』(84年)などハリウッド作品まで。「意外とスムーズに聴けたって? それはよかった。自分の記憶が入っ

密室で作り上げた究極のソロです。『Funkvision』西寺郷太

 7月22日。西寺郷太、6年ぶり2枚目のソロ・アルバム『Funkvision』をリリースします。タワーレコードとタッグを組んで〈デイドリーム・パーク〉という新レーベルを作ることになって。「コロナ禍」の春、多くの社会的な機能がストップする中、ある種の「快楽物質」が分泌される不思議なゾーンに没入しながら自宅スタジオ〈GOTOWN STUDIO〉にて「ステイ・ホーム」で完結させました。

 前回、ソロ作

バッハから現代までの流れが、ザックリわかる相関図。

 今年のアカデミー賞作曲賞を受賞したのは『JOKER』のサントラを手がけた、作曲家でチェリストのグドナドッティルだった。彼女はアイスランドのエレクトロニカバンドmúmのメンバー。アイスランドといえば、ヨハンソン、シグルズソン、フラームが電子音楽制作で養った独自の世界観を切り開いた。近年クラシック界ともシンクロするアルナルズなども、活躍の場を拡大している。その音楽性を辿ると、ショパンやバッハら西洋の

川端康成『無言』を描いたアレクサンドル・デスプラの境地。

フランス出身の世界的な映画音楽家、アレクサンドル・デスプラが初めてオペラの音楽を手がけ、先頃その日本公演が横浜と京都で行われた。それは『サイレンス』というタイトルのオリジナルのオペラで、原作はなんと川端康成、演出はデスプラの公私にわたるパートナーのソルレイ、そして演奏はルクセンブルクを拠点に世界的に活躍するアンサンブル・ルシリンが務めたのだが、それは素晴らしい舞台だった。そこで、その公演のために来

クイーン、ビートルズ、エルトン・ジョン。独創的な天才たちを題材にした演劇やオリジナルストーリーが誕生。

2012年ロンドンオリンピックの開会式、シェイクスピアにはじまり、メアリー・ポピンズ、ジェームズ・ボンド、Mr.ビーン、ビートルズなど演劇、映画、音楽と幅広いジャンルで、イギリスが生み出したカルチャーの豊かさを見せつけられた。特に印象的だったのは、総合指揮を務めたダニー・ボイルが全編にわたって使った“UK(ブリティッシュ)ミュージック”。ビートルズをはじめ、クイーン、ザ・ローリング・ストーンズ、ザ

UKロックの最盛期を撮ったトシ矢嶋が写真展を開催。

 クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』の魅力の一つに、1970年~80年代のイギリスのロック産業を描いた点にある。癖と欲だらけの業界人の渦巻く、ダーティでダイナミックなビジネスの現場。そんな荒波の中を、名もなきバンドが音楽とハッタリで駆け上り、スターダムへとのし上がっていくのだから、やはり痛快だ。

 ところ変わって、68年の東京・青山。深夜スーパー〈ユアーズ〉で働いていた音楽好きの青年が

ガイ・フォークスとムーアと会田誠。

11月5日は、ガイ・フォークス人形がイギリス中で燃やされる日。彼は国会議事堂を吹っ飛ばそうとして捕まった、400年前のテロリストというのが一般的な認識だが、このフォークス・イメージを逆転させて、圧制に対する抗議者としてとらえる見方もある。アラン・ムーアのコミックス(そして実写映画化作品)『Vフォー・ヴェンデッタ』は、後者だ。このフォークス・スピリットの双面をわかりやすく図解した(マッチ箱デザインと

クイーンは爆音で聴きましょう。

1973年生まれの僕は、「クイーン直撃世代」ではありませんでした。僕がリアルタイムで「洋楽」に夢中になったのは、マイケル・ジャクソンの「スリラー」がお茶の間に浸透した83年から。9歳の頃です。当時は「MTVブーム」全盛期。若くてカラフルなファッションに身を包んだデュラン・デュランやカルチャー・クラブ、ワム!が一世を風靡していました。そんな中、たまに出くわすクイーンのビデオは異質。タイツに胸毛、口髭