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建築研究所

名建築で辿る、大阪の100年史。

味のあるレトロビルから最新の建築まで、なぜ大阪にはさまざまな年代の名建築が存在しているのだろう? 建築史家の倉方俊輔さんに教えてもらった、都市構造と、近現代の名建築から見える、大阪の100年史。



 大阪はカオティックな街だと思われがちですが、都市構造は明快です。ベースは豊臣秀吉による碁盤の目状の街割でした。近代に入り、政治、産業、交通手段の変化に合わせて新たな建築が造られ、街の造りも変化し

都市の家に、洞窟のような安心感と悦楽を。|【北嶺町の家/竣工1971年】室伏次郎

「20代の頃から、中世のロマネスク教会に憧れていた。人の力で石を積んでつくられた教会は、規模も空間のスケールも穏やかで、あの温かさや安心感が都市の家には必要だと感じていたんです」

 建築家の室伏次郎さんによる自邸〈北嶺町の家〉は、1971年に竣工した都市型住宅である。室伏さんの師は日本を代表するモダニズム建築の実践者、坂倉準三。そのアトリエから独立して1年後に発表したデビュー作だ。東京都大田区に

暮らしの実験から始まった、成長する家。

 心の住宅街にふと現れる、コンクリート打ち放しの建物。黒いスチールサッシで引き締められた姿は清冽で、築60年以上経つとは、にわかには信じがたい。
 建てられたきっかけは雑誌『モダンリビング』の企画「ケーススタディ・ハウス」だった。このタイトルにピンとくる人も多いはず。そう、1940年代のアメリカ西海岸で始まり、チャールズ&レイ・イームズら錚々たる建築家が参画した実験住宅プロジェクト「ケース・スタデ

藤森照信

都内港区のマンションの一室に、藤森ワールドが全開している。床・壁・天井はすべて同じ仕上げで、全面にクリの板が張られている。その中に、過剰なまでにつくりこんだ家具。どこか生き物のようなそれらの家具は、まるで楽しげに集い語らっているかのようにも見える。
 これまで屋根に木を植えたり、外壁を草でこんもり覆ったり、高すぎる柱の上に茶室をつくったり、独自の建築表現で世のほほえみを誘ってきた藤森照信さん。実は

Teiza-isu|低座イス (1960)

脚を投げ出したりあぐらをかいたり。ゆったり座れて立ち上がるのもラクな、座高29㎝の低い座椅子。デザインは長大作。脚部は美しいナラ材で、ほどよい幅をもたせた“ソリ”の形状。これは畳や絨毯を傷めないようにと熟考を重ねて生まれたもの。一方で、独特のカーブを描く背もたれの形は、柿を縦に切った時の切り口の美しさに感動してデザインした……というユニークな逸話も残る。

八郷の家

 一番身近にある材料で建てるのが家の基本だった昔を紐解いてみれば、ここはまるで原点に立ち返ったような家だ。
 茨城県石岡市、かつて八郷町といった集落の、山の中に立つ。実はこの家、建材にした材木の3分の2は、もともとこの敷地に生えていたスギやサワラである。約1000坪ある敷地には沢もあり、一日中きれいな水の流れる音だけが響いている。わずかな平地を拓いて建てた家は、建築面積約27坪。
 建て主夫婦は