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1985年

演劇界に現れた恐れを知らない若者は80歳になる蜷川幸雄に勝負を仕掛ける。

年齢差はちょうど50歳。一昨年、藤田貴大が主宰するマームとジプシーの舞台『cocoon』を観た蜷川幸雄は、終演後に楽屋を訪ね、緊張する若き作・演出家に握手を求めた。以来、2人の交流は続き、来年2月には、藤田が書き下ろす新作を蜷川が演出する約束も控える。潔癖な審美眼でクリエイションを続けてきた大演出家と、2世代違いでありながら双子のような若手が企てる競作にして共同戦線とは——。

403architecture [dajiba]彌田 徹/辻 琢磨/橋本健史

 ワークショップに呼ばれたのがきっかけで浜松に移り住み、事務所を開いた403architecture[dajiba]。取り壊されたビルのブラインドや住宅の天井材、不要になった輸送用パレットで壁や床を作るといった「マテリアル・フロー」(素材の流動)の手法で注目を集めた。彼らのもう一つの特徴はそれまでとは違う人とのつながり方で仕事を進めていること。街の人やユーザーに施工に参加してもらったり、職人に直接

襟を選んで、自分好みに。

タグの白い縫製糸がブランドアイコンになっている〈オールドマンズテーラー〉。編み目が細かいシェットランドウールと、柔らかいラムレザーのコンビネーションになった、こだわりのある一着。取り外し可能なファー素材の襟は、ベージュとブラウンから選べる。148,000円(オールドマンズテーラー/ザ ディアーグラウンド☎0555・73・8845)

俳優、劇団EXILEメンバー

きっかけ/「札幌での高校時代はバンドを組み、本気で歌で食べていこうと思ってました。今思えばすごく甘かったけど(笑)。なんとか歌で勝負したくて『VOCAL BATTLE AUDITION』に参加したけど、結果は2次審査で落選。でも、それが縁で事務所から俳優をやらないかと誘われたんです。当時は演技に興味はなかったけど、何でもいいからチャンスを掴みたい一心で〈EXPG札幌校〉
で歌と演技のレッスンを始め

バレリーナ

きっかけ/「バレエを始めたのは福岡の幼稚園の頃。当時の記憶はないですが、母親いわく、幼稚園のお遊戯会でとてものびのびと楽しそうに踊っていたから、向いているかも? と思い習わせてくれたそうです。以来バレエがとにかく楽しくて、部活感覚で続けられました」。高校生まで続けたのだからと大学受験と並行して東京バレエ団のオーディションも受けてみたところ、見事合格。

〈ザ・バーンズ〉の「チキンカチャトラ」

 1985年に会社に入って関西支社配属に。以後、2000年に東京へ転勤するまで、多い時には週5日通ったのが西宮・苦楽園口の〈ザ・バーンズ〉。いったいどれだけの夜をこのバーで過ごしたか。飲んだのは「オールド・グランダッド」のみ。ボトルキープは150本以上。マスターの保倉幸彦さんは、家族以外で一番「一緒にいて気持ちが楽な人」かもしれない。この店、料理もかなりおいしくて、最初の頃はドライカレーが多かった

カンヌで最高賞を受賞した監督は、どうやって女の欲望に迫ったのか?

青い髪の女エマに一目ぼれした高校生のアデル。2人のときめき、官能、そして絶望を、アブデラティフ・ケシシュ監督は『アデル、ブルーは熱い色』で鮮烈に映し出した。アデルとエマに扮したアデル・エグザルコプロス、レア・セドゥは、耳元で息遣いを感じるような生々しさで彼女たちの人生を再現。情熱的なセックスシーンの数々(その一シーンは、撮影に10日もの時間を費やしたとか)にも挑み、カンヌで審査委員長を務めたスティ