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面白い舞台は、リアリティの追求から。ケラリーノ・サンドロヴィッチの新たな挑戦。

愚かしくも滑稽。人間の悲喜こもごもを絶妙な筆致で描く劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチことKERAさん。チェーホフ等、海外戯曲も細やかな演出で、時代や国の違いを超えて、観る者にリアルに迫る芝居に仕立て上げる。最新舞台は、フランスのヤスミナ・レザ作の『LIFE LIFE LIFE 〜人生の3つのヴァージョン〜』。13年前に好評を博した『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない?』の出演陣、大竹

「ヴェルデ」と「アズール」、2つのティタノタの物語。

アハカの中心街から北上し、まずは挨拶代わりに、日本でのアガベ人気を牽引しているティタノタを目指す。巨大な鋸歯を持つ、迫力満点の種だ。プエブラ州との境付近、テペルメメ・ビージャ・デ・モレロスの幹線道路で、〈NimitzilNamiki〉のサロモンが車を止めると、メキシコの山刀であるマチェテを片手に、岩場に向かって歩きだした。すると10分も経たないうちに、あのティタノタは姿を現す。幹線道路からも目を凝

時計とスカーフ|マリオ・ミラベラ

ブルックス ブラザーズの元マスターテーラーを父に持つマリオ・ミラベラさん。1977年から同じブルックス ブラザーズに勤め、現在はマディソン本店に在籍。今年で勤続42年目となる。
「父はもともとイタリアで自身のショップを持ち、テーラーをしていた。50年代にはたくさんの人がスーツを着ていて、アメリカ人はヨーロッパのテーラーに仕立てを頼み、出来上がったものをアメリカに持ち帰っていた文化がある。そんな経緯

これからも、日本アニメは“クール”でいられるか?

昭和から平成にかけて、日本は他に類を見ないほどのアニメ大国になったわけですが、そこに至るまでには4つの波がありました。1つは、戦後に生まれた劇場でのアニメーション映画。2つ目は、『鉄腕アトム』をはじめとするテレビアニメの放映。3つ目が、1990年代の、OVAと呼ばれる映像ソフト(VHS、LD)の登場。そして4つ目の波が、インターネットを通じての動画配信です。
 
日本アニメのバリエーションが急増し

死にかけたアメリカを映し出す“普通の人たち”。| リン・ディン × 川上未映子

路上生活者、身体障害者、日雇い労働者、ドラッグ中毒者……。『アメリカ死にかけ物語』は、ベトナム生まれの詩人であり小説家のリン・ディン氏が、アメリカ各地を旅しながら、底辺に生きる者たちの声を拾い集めたエッセイ集だ。いわば“アメリカのB面”のドキュメントである同書が書かれた背景について、その日本版にエッセイを寄せた小説家の川上未映子氏を聞き手に迎え、リン氏に語ってもらった。

身だしなみの道具。|松浦弥太郎

 僕がグルーミングというものに目覚めたのは、中学3年生の頃。雑誌で片岡義男さんがウィッチヘーゼルを紹介していたのを見て、かっこいいなって思ったのがきっかけ。それでクレジットされていた、有楽町の〈アメリカン・ファーマシー〉ってお店に行ったんです。ここがまたすごくて。入った瞬間、アメリカに来ちゃったみたいな雰囲気なんです(笑)。おそらく在日アメリカ人たちのために、薬から化粧品、グルーミンググッズまでを

【蜜とは? そして、イカに飯とは?】渋谷で巡る辺境料理、ポルトガルからペルーへ。

「渋谷がいい。渋谷以外では食いたくない!」
 私がごねるので今回は渋谷で2軒、世界一周メシである。渋谷の文化村シアターコクーンで、かつて故中村勘三郎さん(当時勘九郎さん)に書き下ろした芝居の再演を一か月近くやっており、それが3時間を超える芝居で、いきなり「江古田にいきましょう」などと言われても身動きがとれないのだ。
「渋谷にも辺境料理はあります。どれほどでもあります」
 社長はいつだって頼もしい。

時代が進展していく流れと一緒に、私たちの人生があった。|コシノヒロコ

 世界でコレクションをするには、日本のコンセプトを武器として持っていかないと、海外の人は絶対にびっくりしない。だから日本の歴史を勉強しました。日本人は自然と一体となって文化が形成されてきた。それで六甲山の山奥に安藤忠雄建築の家を建てたの。彼が日本をコンセプトに建築を造っていて。障子や格子戸など、何かを隔てて入る光を、コンクリートの打ち放しで表現していたの。私は山の中に居を構え、地に足をつけた生活を

Friday Disasters(2007)|ジョージ・ウィディーンアー

 アメリカ人のアーティスト、ウィディーンアー(1962−)。実はこのお方、スパイ、ホームレス、賭博師……と驚きの肩書(?)に、自閉症者でサヴァン症候群という特異な才能を持つ、一筋縄ではいかない人物です。そんな彼、子供の頃から「カレンダー」に取り憑かれているんだって。数字は日付に置き換えないと認識できないそう。「ほかの子たちがオモチャで遊んでいる時に、僕は日付を並べていたんだ」というように、その執着