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2001年

レシピじゃない、限りなく ネイティブに近い感覚を。

2015年、錦糸町の桜並木を見下ろす場所に〈サン・ヤコピーノ〉を構えた元吉賢一さんは、2001年から14年修業した。当初は1軒で四季を見て、3軒で3年あれば十分だと考えていたのに。
「でも2年目、言葉がわかるようになると、それまでの理解の半分は想像にすぎなかったと気づいて」
 
自分が、いかに知らなかったか。わかってしまうと怖くなるし、同時にどんどん深掘りしたくもなる。
 
彼の修業はユニークだ。

緑の森を散歩しながら地元客の通う店まで。

玉川通りの向かいにひっそりと立つ骨董店。李朝や日本の陶磁器をメインにオランダのデルフト焼など西欧のものも揃え、時代は14〜19世紀が中心。染付皿や向付、杯、花器など30代の若き店主が見立てる品は、どれも道具としての美しさが宿る。価格帯も数千円〜と手の届くものが大半。鑑賞用の美術品だけではない、実際に使う喜びに出会える店だ。

少年隊からA.B.C−Zへと受け継がれた曲の奇跡。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』でもハイライトとなった『ライブ・エイド』が開催されたのは、1985年。同じ年の12月、当時の常識では前例がないほど長い下積みの末、ジャニーズ事務所からデビューしたグループが少年隊でした。錦織一清、東山紀之、植草克秀。3人の個性豊かでエネルギッシュな声質が入り乱れるボーカルと、海外進出も視野に入れたグルーヴに満ちたダンスは、デビュー曲「仮面舞踏会」の時点で完成されていま

服の履歴書

60年代のオリンピック選手が着ていそうなクラシックでスポーティなニットやブルゾン。グラフィカルなロゴやトロンプルイユ(だまし絵)ポケットは、高度なニッティング技術で表現したという。ルックにたびたび登場するパディング入りのハットは、ブランドのアイコンといえるブラックナイロン素材を使用。ミウッチャ・プラダが仕掛けるクリエイションを、パズル感覚でミックスしたかのようなスタイルだ。

50lbs. ECP エクター・ボニージャ ゲイシャ イエローハニー

コーヒーの国際品評会で長年審査員を務める代表の丸山健太郎さん。2001年頃から産地に足を運び、家族経営の小農園やマイクロミルなどに光を当て、世界各地の高品質なコーヒーを数多く紹介。コスタリカ・カップ・オブ・エクセレンスで複数回上位に入賞した〈ドン・マーヨ〉マイクロミルによるエクター・ボニージャ家のゲイシャは、ピーチ、クランベリーなどの風味が豊か。「香りの複雑さもエレガントさも群を抜いている」(大西