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2004年

【2月27日発売】ポール・オースターによる新作長編小説『サンセット・パーク』を翻訳家・柴田元幸が語る。

『鍵のかかった部屋』や『ムーン・パレス』などで知られ、1980年代以降のアメリカ現代文学を牽引する小説家、ポール・オースター。2010年に刊行された『サンセット・パーク』の邦訳版が、この2月、晴れて発売される。大不況に見舞われた2008年のアメリカを舞台に、ブルックリンの廃屋に暮らし、未来を模索する4人の若者の葛藤と再生を描いた物語だ。

 注目すべきは、章ごとに視点が入れ替わる構成。「作者が60

石切丸――木積康弘┃多くの人から寄せられた心に守られた、謎多き神刀。

赤や黄に色づいた木々の葉越しにこぼれる光を反射して、木積康弘宮司の手の中で、《太刀 銘 有成(号 石切丸)》の刃が輝く。

「どなたかによって使われたこともあったでしょうし、研ぎ直すこともあったでしょう。いろいろな方々がこの刀を心にかけ、携わってくださったおかげで、1000年を経てもこうして目の前にある。そう思うと、実際の重量以上に重く感じます。畏怖、恐怖に似た感覚もあります。刀を“使う”と言うな

ZIP−FMのコバタクって、誰?

名古屋で「どんなラジオ番組を聴いている?」と聞いて回ったら、聞く人聞く人から「コバタク!」という答えが返ってきた。これはもう名古屋のラジオの正解は一択なのか?
 コバタクこと小林拓一郎さん。ZIP−FMで月曜から木曜、午後3時からの番組『tTime』を担当する。「僕が正解って、エーッ⁉」。生放送前のスタジオにお邪魔すると、ドッキリに遭った芸人のようなリアクションで迎えてくれた。
 話題のトピックス

時に自分を俯瞰して、 客観視することは、 仕事場でも装いでも、 同じく非常に重要です┃前刀禎明 リアルディア代表取締役社長

2004年、《iPod mini》を大ヒットさせ、アップルを復活させた立役者、それが前刀禎明さんだ。当時、アップル米国本社のマーケティング担当副社長 兼 日本法人代表。現在は07年に立ち上げた自身の会社、リアルディアで、創造的知性を磨いて自己改革を促すための事業を展開する。
「その手段の一つとして、プレイ、クリエイト、シェアを基本コンセプトにしたスマホアプリを開発しました。まずはゲームに挑戦し、頭

ブレグジットにより変わりゆくロンドンのフォトドキュメンタリー。

2016年6月23日に行われた国民投票によって決まったイギリスのEU離脱、いわゆる“ブレグジット”は、いまだ行方がわからないまま英国内外に動揺をもたらし続けている。写真家・金玖美の写真集『EXIT』はEU拡大期の最中である2004年から2006年までと、EU離脱が決まった後の2016年、2017年に撮影した作品が収められている。

井上 勇 | Trattoria Pizzeria L’ARTE(三軒茶屋)

第1次ナポリピッツァブームの申し子、1995年、中目黒に開業したピッツェリア〈サルヴァトーレ・クオモ〉のオープニングスタッフである。モチモチのおいしさに東京中が大狂乱。昼も夜も行列ができる店で、朝9時半から深夜3時まで働いた。イタリア人客も来ない日がない。「今日もおいしかったヨ、本物じゃないけどネ!」と言われ続け、本物を確かめに短期だがナポリにも渡った。「故郷に錦」の気持ちで中目黒に〈イル・ルポー

イタリアのイタリア料理が 急速に変わった時代。

白金台〈リストランテ センソ〉の近藤正之シェフは、期間を無期限と決めて飛行機に乗った。
「自分が納得するまで帰らない」で、12年。後半6年はシェフを張り、ピエモンテ州〈ロカンダ・デル・ピローネ〉のミシュラン1ツ星を獲り続けている。
「2000年代は、イタリアの料理界が急速に変わった時代です。EUでスペインや北欧などとも行き来して料理がボーダレス化し、地域性より個人の表現に移行した」
 
例えば近藤

Log H by MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO

H形鋼の重厚感と、窓の軽やかさが交互に積み重なる、バランスのよい空間だ。
「壁の半分が窓なので、旗竿地なのに十分明るいんです」とご主人の小嶋亮平さん。この家にあるのは3つのフロアと、浴室や台所など最低限の水回り。建築家には欲しいものではなく、いらないものを伝えたという。
「一般的な住宅の8割の設備は不要だと思っているんです。この家には一つも収納がないし、玄関には靴脱ぎ場すら造らなかった。でも、その

チキンハウス | 吉田研介

「この家は、きちんと片づいている景色がいちばんいい。こうして椅子に座って眺めるとなおさらいい」「15年前、コルビュジエの〈母の家〉を見に行ったのだけれど、私の家の方が断然いいなと、心からそう思ったんですよね」
 
次から次へと、衒いのない言葉があふれ出す。吉田研介の自邸は、モダン住宅全盛の1975年、若手として頭角を現し始めていた吉田が37歳で建てた木造住宅だ。チキンハウスの意味は「拙宅」。欧米で