キーワード

ブライアン・イーノ

あらゆる思い込みをなくし、ボーダーレスに生きる。|高橋ヨーコ

 昔は心を開放できる瞬間といえば、誰にも会わずに過ごす時間でした。一人になりたくて旅に出ることも多かったです。しかし、アメリカで生活するようになってから、人と一緒にいることで生まれるものがあることが、少しずつわかりかけてきました。ボーダーレスに生きることも、常に意識していること。子供の頃から、国境や人種、年齢、性別などあらゆる境界線があることに違和感を持っていました。思い込みを取り払うことで、もっ

「“現在進行形の鋤田正義”を見られる映画」と箭内道彦は言った。

鋤田正義 前に一緒に湖に行ったよね。
箭内道彦 ええ、福島でやってる『風とロック芋煮会』ですね。プログラムが終わった夜中の1時から「公開PV撮影」というのをやって、そこで鋤田さんにムービーを回してもらったんですよね。
鋤田 そうそう。
箭内 僕は、巨匠の無駄遣いじゃないけれど(笑)、巨匠にそういう無茶を頼むのがすごく大切で面白いと思っていて。
鋤田 いやぁ、楽しかったですよ。ああいう依頼はまずない

自分で決めたルールの中で、電子機器に侘び寂びを見る。|伊藤 弘

 アタッシェケースを開けると、中から現れたのは鍵盤がセットになったシンセサイザーだった。《EMS Synthi A》という1970年代の初頭に作られた名機。古いものには、強い興味はないという伊藤弘さんだが、「風流ではあるよね」と音を鳴らした。
「可聴の帯域よりも外の波長が出るんです。脳みそに突き刺さるような音が出るのが、ほかのシンセサイザーとは違うところ。シンセは初期には波形をいじるちょっとした化

イーノ・ハイドが2枚連続でアルバム発表。豪快な制作秘話を公開。

 1970年代にシンセサイザー奏者としてキャリアをスタートさせたブライアン・イーノ。アンビエントミュージックを確立し、デヴィッド・バーンとアフリカ音楽を探求。プロデューサーとして参加したデヴィッド・ボウイのベルリン3部作など、イーノが取り組んできたプロジェクトは常に前例がないため、誰もが発表当初は“実験的”と評するが、後にポップフィールドにおいて定番となる音楽が多い。2000年以降アート色の強いプ