キーワード

ハリウッド

絵とアバンギャルド。

戦意高揚という明確な使命の下で描かれた戦争画が現れる前、つまり大正から昭和初期に日本の洋画界を席捲していたのは、戦争画とは真逆の、画家の自我を尊重する「主観上等!」な絵画。その背景にはもちろん西洋の芸術運動や芸術思潮があったのだが、中でも大きなトピックは、シュールレアリスムやダダイスムなど、ヨーロッパの前衛芸術に感化された画家が登場したこと。急速な都市化が進み、非人間的な気配が広がる時代にあって、

フリードキン、再び。 映画より面白い自伝。

1970年代、ウィリアム・フリードキンの名前はハリウッド再興のトップ・ランナーとして、だれよりもビッグ・ネームだった。なにしろ、『フレンチ・コネクション』('71)、『エクソシスト』('73)の2作が巻き起こした騒動は社会現象にまで上りつめたのだ。特に『エクソシスト』の不穏の気配はピリピリとした震えとして日本へも波及してきた。このとき、愚生は平凡出版に入社1年目で、宣伝部での最初の仕事は『平凡パン

頬のアンコは、役者人生でかなり役に立ったね。| 宍戸 錠

そこに日活ニューフェイス時代の写真があるでしょう?これが石原裕次郎でしょ、小林旭、赤木圭一郎、和田浩治、それに俺。俺が1期生で、あとは3期生と4期生。この俳優陣を日活ダイヤモンドラインっていうんだ。この中で生きているのは俺と旭だけで、俺が一番しぶといんじゃないかって(笑)。高橋英樹や藤竜也は後輩で、弟分だったよ。そうだな、月に1回は俳優同士で酒を飲んでました。裕次郎は52歳で死んじゃったんだよな。

90歳になっても殺し屋の役をやりたいね。| 宍戸 錠

もともと、自分をプロデュースするタイプというかね。その当時、小道具のピストルなんかもモデルガンが少なかったので自分で調達してさ。衣装もいいのがなくて、ウエスタンブーツの装飾を自分で作ってた。ハリウッドまで観に行ってたからね。男でおおっぴらに自分のプロデュースをする、みたいなことをやったのは、俺が日本で初めてだったんじゃないかな。「頰に入れたアンコは取れるんですか?」と先生に聞いたら「顔に傷がついち

カンヌを震撼させた衝撃作を携え、時代を先駆ける奇才が来日。

2011年、『ドライヴ』でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞したニコラス・ウィンディング・レフン監督の新作『ネオン・デーモン』は、昨年のカンヌ映画祭で激しい賛否を巻き起こした衝撃作。“レフン監督が最も親しい日本のクリエイター”小島秀夫とともに、世界を騒然とさせたそんな新作の根本にある、彼の飽くなき創造性を探る。

テーマ〈続々・宴会/出遅れる〉

やつい 宴会で名刺をもらっても100%連絡しないんですよ。HPのアドレスこれなんでって言われても、そんな面倒くさいことしない。LINEにするとか、もういいから手っ取り早くスマホを見せてくれって思いますよね。
宮沢 名刺をデータ化してくれるサービスがあるけど、どうやってるか知ってる? 名刺の写真を送ると、その会社の人が手入力してる。だからなかなか来ないんだよ。
やつい そんな原始的な。
宮沢 情報バ

評伝と一緒になった、リンチの自伝が発売

 他人(クリスティン・マッケンナ)の書いた自分の〈評伝〉と、自分自身が書いた〈自伝〉を交互に組み合わせた、いってみれば隣接ジャンルのカップリングという、知る限りでは初めての試みがイギリスのキャノンゲイトから刊行された。デイヴィッド・リンチ『RooM to DReaM(大文字小文字は表記のまま)』である。分身テーマ好きなリンチのひとつの分身ごっこと捉えていいかもしれない。
 自伝部分には、自伝しか語

正確な考証と創造性から生まれた日本映画。|ウェス・アンダーソン

 熱狂的なファンを持つカルト監督から、前作『グランド・ブダペスト・ホテル』の大ヒットでハリウッドを代表する監督となったウェス・アンダーソン。新作は日本を舞台とした映画『犬ヶ島』。「ゴミ捨て場と犬、という設定が先にあった。そこからどうしてそこに犬たちがいる状況が生まれたのか……と話を進めようとしたけど詰まってしまってね。でもその舞台を日本にしようと考えたときに、すべてがパッと開けたんだよ」。架空の未