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流行写真通信 第15回:バービー写真集という文化的事件を手掛けたファビアン・バロンの確信

編集者の菅付雅信が切り取るのは、広告からアートまで、変貌し続ける“今月の写真史”。写真と映像の現在進行形を確認せよ。

text: Masanobu Sugatsuke / editorial cooperation: Aleksandra Priimak & Faustine Tobée for Gutenberg Orchestra

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2023年に全世界で最もヒットした映画は何か?それは『バービー』だ。

バービー人形たちが生活する虚構の世界バービーランドから現実のロサンゼルスに訪れたバービーのひとりをマーゴット・ロビーが演じたこの作品は、そのファッション性や壮大なセットといった視覚的ゴージャスさを誇りつつも、現在のジェンダー問題やルッキズムに対する小気味いい批評性も相まって、評価的にも商業的にも空前の成功を収めた。

興行収入はなんと約2020億円!その『バービー』の世界観を第一級のスタッフで新たに再構築した写真集が誕生した。『Barbie(TM):The World Tour』(Rizzoli, 2024)と題されたこの豪華本、実はこの本の成り立ちは、夢工場ハリウッドの苦い現実から生まれている。

“Barbie(TM):The World Tour”(Rizzoli)表紙
“Barbie(TM):The World Tour”(Rizzoli)表紙

「きっかけはハリウッドで去年始まった俳優組合の大規模ストライキなんだ」と語るのは本のアートディレクターを務めたファビアン・バロン。

カルバン・クライン、ディオール、ザラの大キャンペーンやCI、雑誌では『イタリアン・ヴォーグ』『ハーパース・バザー』『インタビュー』のアートディレクションも手掛けてきたスター・アートディレクターである彼は、このリッチでゴージャスな写真集のタフな内情を語る。まさに映画『バービー』のように。

「映画のために多くのラグジュアリー・ブランドが特別な衣装を作ってくれたのに、ストライキのせいでその衣装を俳優たちが着て世界的なプロモーションをすることができなくなってしまった。だから、お蔵入りになりそうな衣装を祝うためにこの本が生まれたわけさ」とバロンは語る。

ファビアン・バロン/Fabien Baronのポートレート
ファビアン・バロン/Fabien Baronのポートレート

映画のPRツアーのために豪華な衣装を用意したロビーはストライキのせいで数着しか着られなくなってしまい、その敗者復活戦として、この本が生まれた。

「スタイリストのアンドリュー・ムカマルが僕に提案したんだ、『こんなに衣装が残っているから本を作るのはどう?』って。僕は『いいけど、この本は直ぐに出版しないと意味がない。やるなら今すぐ始めよう』と答えたんだ」

バロンはアートブックや写真集の米大手出版社リッツォーリに話を持ち込んですぐに出版契約をとりつける。

「皆のスケジュールの都合で撮影期間はたった3日間しかなかった。実は予算も少ない。この3日間は本当に狂ったように頑張ったよ。撮影チームはセットデザイナーと写真家のクレイグ・マクディーンと僕とアンドリューとアシスタントしかいなかった。撮影して2週間で全てを印刷所に入稿して、企画スタートから入稿までわずか2カ月半でフィニッシュしたんだ。まさに雑誌作りみたいさ!

ひとつだけ雑誌と違うのは、カバーがハードカバーであることだけ。そしてアンドリューがメモや図版や古い写真を含めてたくさんの資料を持ってきたから、そこから本のフォーマットを決めたんだ。それらを見て、僕はスクラップブックみたいなものを作りたいと提案したんだ。つまりマーゴット・ロビーの日記みたいで、コラージュや写真や言葉やメモが入っている構成にしようと」

バロンはこの本作りがうまくいった理由を語る。

「僕らのやり方はとても実験的で自発的だった。多くの写真のアイデアは現場で即興的に生まれた。でも、それを実現できたのは、僕らが十二分な経験を持っているからだ。

例えば、プラダの衣装を撮った時にプラダっぽいカラーを入れたりとプラダの雰囲気を取り入れたんだ。全ての撮影でそれぞれのディテールを考えてから詰めていったんだ。そしてマーゴットが次の衣装に着替える間にアクセサリーなどのブツ撮りを素早くやったんだ、バンバンバンってね」

もうひとつの成功の理由はマーゴット・ロビー自身だとバロンは言う。

“Barbie(TM):The World Tour”より。 Photography:Craig McDean
“Barbie(TM):The World Tour”より。 Photography:Craig McDean

「マーゴットと仕事するのは本当に素晴らしい体験だった。彼女は即座にキャラクターになりきってくれる。僕たちは現場で具体的なアイデアが生まれたら、彼女にセットに入ってもらってすぐに写真を撮れた。彼女は一流のプロで、凄くいい俳優だから何をするべきか即座にわかるんだ。

そして彼女には恐れがない。僕はいろんな俳優と仕事したことあるけれど、このレベルは珍しい。彼女はニコール・キッドマンやケイト・ブランシェットと同じ才能を持っているんだよ。

さらにマーゴットは本当にゴージャスだ。カメラの前でいつも素晴らしく見える。クレイグの照明はいつも完璧だけど、彼女は『自分の写真には一切レタッチがいらない』と言って、僕らはビックリしたね」

“Barbie(TM):The World Tour”より。 Photography:Craig McDean
“Barbie(TM):The World Tour”より。Photography:Craig McDean

この刺激的だがタフな撮影をどの写真家に任せるか。バロンには、イギリス人フォトグラファーのクレイグ・マクディーンしか頭になかった。

「僕はクレイグとの付き合いが長いから、彼の仕事のやり方もよく分かる。彼はとても多才でオープンマインドであり、頭を非常に素早く切り替えることもできる。僕も同じタイプのアートディレクターだから、速く仕事ができる写真家が良かった。この本のページをめくると、見開きごとに違う世界が現れてくる構成になっている。独自のリッチな感覚があると思うよ」

写真家のマクディーンはバービー写真集の撮影をこう振り返る。

「ファビアンとアンドリューとマーゴットと一緒に仕事ができる貴重な機会に興味をそそられたね。自分のファッションに関する知識やファッションの歴史などをインスピレーション源にして撮影したんだ。ファッションの歴史とバービーの歴史の両方を考えながらね」

“Barbie(TM):The World Tour”より。 Photography:Craig McDean
“Barbie(TM):The World Tour”より。Photography:Craig McDean

バロンは映画が現在のルッキズムやファッション中毒への批評になっている点も考慮して、この本を作ったという。

「ある意味、バービー人形は長年にわたって女性の典型的なアメリカンスタイルを象徴している存在だ。映画『バービー』もこの本も文化的重要性があると思う。しかし本はもっとパーソナルな仕上がりにしている。そして商業的でない、題材に対しての知的なアイデアを織り込んだイメージがふんだんにある仕上がりにしている」

バロンはかつてマドンナの写真集『SEX』(1992年)を手掛けた。この本は世界的に数百万部の大ベストセラーとなり、かつセクシャルな内容のため賛否両論を巻き起こした。

「マドンナの『SEX』写真集は世に出た時に、人々に大きな影響を与えたと思う。そしてこのバービー写真集も爆発的に売れていて、世界の文化的事件になろうとしている。だから、僕にとっては、このふたつの写真集のディレクションを経験できたことは大きな喜びなんだ。

このふたつは一見全く違う作品だけれど、高いレベルの美意識を保っている点では同じ。僕のキャリアの中でこの2冊はふたつの時代を代表していると言える。この本が———『SEX』がそうであったように———時間を超えて、20年後にも深い意味を持っていくかどうか、それに今は興味があるね」

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