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ロサンゼルス

【現代の奴隷制度に抗う】美術家・長坂真護がガーナのゴミをアートに変え続ける理由

 クリーンなエネルギーは存在していても、クリーンなキャピタルというものは存在しない。資本の蓄積には原理上、直接的にせよ間接的にせよ、大なり小なりの搾取が伴うからだ。事業拡大のための設備投資を可能にする剰余価値の発生は、そのトレードが「フェア」なものではないことを端的に示している。これこそがおよそ150年前にカール・マルクスが『資本論』において解き明かしたことであり、その点、「資本」と「正義」とのあ

ウォレス・バーマン 逮捕(前回の続き)。

 アメリカの1950年代、60年代にロサンゼルス、サンフランシスコと西海岸で活動し、事典的にいえばビートからポップ、ジャズからロックへの移行期を鋭く厳密な姿勢で生きた(プロのギャンブラーでもある)アーティスト、ウォレス・バーマンは、しかし、生涯1回しか商業ギャラリーでの個展をやっていない。そのわずか1回の個展(1957年)もオープニングの日に、わいせつ物陳列容疑でバーマンは逮捕、拘留されたため、関

映画が伝えるレイシズムの過去、そして現在。

 世界がグローバル化する一方で、皮肉なことにレイシズム(人種差別)が様々な形で顕在化するようになった。ソーシャルメディアにおいても、レイシズムに端を発したヘイトスピーチは後を絶たない。そして、それが現在の新型コロナウイルスによるパンデミック下の世界において、ますます苛烈さを増そうとしている。

 映画も、今から100年以上前に製作されたD・W・グリフィス監督による無声映画の傑作『國民の創生』の頃か

中心地を持たないビッグ・サーを散策するために。

ビッグ・サーに訪れたら、ここにステイしなくてはならないともいわれるビッグ・サーの聖域。ビッグ・サーの初期の雰囲気を今でも味わうことができる。1930年代初頭にノルウェーからやってきたヘルムート・ディージェンが仲間たちとともに建てた北欧式アコモデーション。土地のレッドウッドで建てられたキャビンは部屋ごとに構成や調度品が違うため、違う部屋を楽しむために訪れるフリーエンターも多い。クラシックスタイルのレ

ハイウェイ1を下る、ビッグ・サーを再訪するために。

 ビッグ・サーのことを一番最初に知ったのはいつだっただろう? 『路上』を書いたジャック・ケルアックを読んだ時か、それともインドでアメリカ人の老ヒッピーから聞いたのが先だったか。90年代にはまだ60年代から70年代初頭をヒッピーとして暮らした人たちが世界各地にいて、いろんな昔話を聞けたものだった。そんな中にジャック・ケルアックの追悼式に出た人がいて、それがビッグ・サーであったということを聞いたことだ

ハンター・S・トンプソンの セルフポートレートに呼ばれて。

ロサンゼルスとサンフランシスコという大都市を抱えるカリフォルニア州。そこに昔ながらの美しい自然を見せる小さなコミュニティが存在する。ビッグ・サー。人を寄せ付けないような荒々しい海岸線と森に包まれたその場所は、いまだに携帯さえほぼ繋がらず、大規模なホテルすら存在しない。何も特別なものが存在しないのにもかかわらず、アメリカ中から憧れの場所として人を惹きつけるこの地の魅力を確認するために、僕らはクルマで