キーワード

ソウルフード

刺激的にもほどがある⁉ オアハカ・フィールドトリップ。

撮影は、まず地域の代表者に話をつけ、フィールドに入る許可を得るところから始まる。サロモンが長年にわたり築き上げてきたネットワークには、本当に助けられた。それでも、代表者から地域の人たちにうまく話が伝わらず、フィールドで山刀を持った男たちに囲まれる、なんてことも。聞けば、隣村との境界線争いをしているところだったそう。そして、危険生物も満ち溢れている。禍々しい縞模様の蛇が目前に現れ、あの蛇はどのくらい

あの州の郷土料理。

シチリア住民が日々食べる、滋味深い“まかない”料理。

青く広がる海と空、開放的なシチリアの空気に惚れ込んだという大下竜一シェフ。「現地での修業時代、そこのシェフが毎日のように食べていたまかない料理が本当においしくて」。そんな“まかない”料理がこの店の原点となっている。野生のハーブ・フィノキエットやイワシ、内臓料理など、リストランテとはまた違う庶民の味は千葉県八街市の〈エコファームアサノ〉など仕入

町のワイン食堂。

下町の路地裏で、極厚ビステッカを食らう。

オーナーシェフの大沼清敬さんが、「これを食べてもらいたくて店を作った」と言う一品がブラックアンガス牛の炭火焼き。フィレンツェの流儀そのままにTボーンを30分以上かけて焼くことで余分な脂を落とし、肉の旨味を際立たせる。ワインセラーには100種以上のイタリアワインがあり、解説タグが付いているためセラーに入って自分で選んでもOK。焼き上がりを待ちながらワインを

故郷は日本だとは言えないし、その感覚は全くない。| なかにし礼

生まれは満州、牡丹江の造り酒屋です。兄弟は3人。満州時代というのは、こちら側が中国人の街に限られた日本人街地区を造って住んでいるわけですから、中国人がいないかっていうと、いるわけですね。ですから、そこを日本人が縦横無尽に駆け回って遊ぶなんてことはあり得ないわけです。危険と隣り合わせということでね。学校の行き帰りは中国人の付き人が付いていて、送り迎えをする。いわばよその国にいながら、自分の国だとは言

ウマいから並ぶのか、 並んでいるからウマいのか。 台南の超(長)行列の人気店。

朝5時から大行列、台南イチ並ぶ店。

台南グルメの代表格、牛肉湯。中でも圧巻の行列ぶりなのがこの〈六千牛肉湯〉。人気の理由は市郊外の善化市場で毎日仕入れる超新鮮な台南牛と湯(スープ)の味。牛テールと野菜でとったスープはさっぱりとした後口で、この熱々を薄切り牛肉にサッとかけ、軟らかなレア状態のうちに食べる。夜明け前から並び始めて5時の開店時には大行列。これが売り切れになるまで続く。是が非でも食べて帰

ハゲとグルメ。

俺のサロンのある東京・神田といえば、江戸の昔から食通が集まる場所。それは今も変わらない。名店、老舗から、立ち食いやソウルフード、ジャンクフードまで、ありとあらゆる食欲を満たすグルメな場所である。特に、カレーは激選区と言われ、俺の仲間内のカメラマンやスタイリストが集まると、どこのカレーが一番旨いかで、あわや取っ組み合いになるほどの論争が始まることもしばしば。だが、しばし、彼らの頭は満たされていないよ

札幌スパイスカレーの登場で ご当地カレーは一段と面白く。

もしあなたが「カレー食べに行かない?」と地元の人に声をかければ、すかさず「何の?」と聞き返されるはず。札幌っ子にとってカレーは、「スープカレー」か「ルーカレー」で、名物のスープカレー以外は、すべてルーカレーにカテゴライズされていました。しかし近年大阪を中心に盛り上がるスパイスカレーに端を発し、今年1月、現状に違和感を抱いていた店主たちが、「札幌スパイスカレー」を提唱。厳密な定義はないもののスパイス

Blutwurstmanufaktur

 ブラッドソーセージとは、家畜を無駄なく利用する食品として、血を材料として加えたソーセージのこと。それを“ブーダン・ノワール”と呼ぶフランスでは、毎年、品質を競うコンテストが開催され。600人もが参加するという。その大会で3度優勝し、フランスのナイトの称号を授与されたマルクス・ベンザーさんの肉屋がここ。ベルリンではそもそも労働者の食べ物だったブラッドソーセージだが、ベンザーさんの業績により、今では

〈ガラムマサラ〉の「ランチBセット」

 1998〜2007年頃の10年間は、週に2回以上=年間100回以上=10年間で1,000回以上。2008〜18年の11年間になると、週に4回以上=年間200回以上=11年間で2,200回以上食べているのが、〈ガラムマサラ〉の「ランチBセット」です。1998年1月、経堂の街を歩いていてこの店を発見したとき「本場の味を食べられそうだ」と直感して、迷わず店内へ。スパイス使いの見事さは予想通りでしたし、

〈唐そば渋谷二丁目店〉の「ラーメン」

 生まれてから18歳まで暮らした北九州・黒崎では、この〈唐そば〉は誰もが知っているくらい、とにかく有名。だから最初に食べたのがいつかなんてわからないくらい、小さい頃から食べてきました。もはやソウルフードだから、回数とか「最近コレにハマっている」といった段階を超越しているんです。あって当たり前な存在。だから、十数年前に東京に開店した時には、狂喜乱舞しましたよ! 創業者の息子さんである店主・長村泰作君