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1980年代

あゆんだ道が、家となった。

フライフィッシングという、自身を森に同化させるような釣りに、大袈裟に言えば人生を捧げている松井慎一さんは、「必要最低限の家をつくりたかった」と言った。ずっと憧れていたのは、H・D・ソロー『ウォールデン 森の生活』に登場する湖畔に立つ小屋。ソローが自給自足で暮らした小屋と同じように、外壁にはレッドシダーの板を20日間かけて自ら張った。8×8mのシンプルな家は、土地の形に合わせて東を向き、デッキからは

ファッションフォトグラファーの視点で、街や地域、国の魅力を捉えたアルバム。

ルイ・ヴィトンは、1998年から自社で出版を手がけ、『シティ・ガイド』や『トラベルブック』など現在までに80タイトル以上を刊行している。その中の一つに、ファッション写真のレジェンドたちの視点で都市や地方の姿を収めた写真集『FASHION EYE』がある。2016年から5タイトルずつ発表しており、過去にはギイ・ブルダン、ヘンリー・クラーク、ソール・ライターなど、名だたる写真家の作品が集められた。今年

Beach House(1995)|ルバイナ・ヒミッド

ヨーロッパなんかでは、ビーチ沿いに木製の小屋のようなものをよく見かけます。白や黄色、ピンクなどのパステルカラーで塗られたりしちゃって、おしゃれなんですよね。バカンスの象徴みたいにして、夏の太陽の下でキラキラして見えちゃう。機能は物置だったり、小休憩所だったり、別荘だったりする、そんな「ビーチハウス」ですが、浜辺にある小屋といったら「海の家」が真っ先に思い浮かぶはずで、悔しいかな、どうも日本人には馴

「ゴシック」とは生き方の問題。 屈強な美意識で社会の虚構を穿つ。

『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』という、すさまじい奇書がある。

これは1980年代を駆け抜けた天才歌人・紫宮透の作品と生涯を、彼自身の歌作や発言に加え、あまたの関係者たちの証言から繙いてみせた伝記  を、あくまで読者に紹介するという体裁の小説。要するに、紫宮透は実在しない。彼の歌作も、それを評する夥しい声も、それらを書き綴った伝記本も、すべては作者・高原英理ひとりの想像力が編み上げたもの。ところ

エンタツ・アチャコから知ってます、僕は。|糸井重里

エンタツ・アチャコ(横山エンタツ・花菱アチャコ)を聴いたのはいくつの時だっただろう。小学校に入る前かな。「むちゃくちゃでごじゃりまするがな」ってアチャコのギャグが流行ったんですよ。テレビなんてまだない時代。ラジオの時代です。
 
で、昭和30年代。僕が小学生だった頃。中田ダイマル・ラケット、夢路いとし・喜味こいし、秋田Aスケ・Bスケ。子供たちを含め漫才が爆発的に広まったんです。まだテレビ前夜。その

レコード屋巡りしている時の休憩場所。|坂本慎太郎

 学生時代からレコードや楽器、本など、欲しいものがすべて揃う街といえば新宿でした。今は減ってしまいましたが、1980年代にはたくさんレコード屋が集まっていたので、よく一日がかりで回っていたんです。当時から、買い物の途中に〈らんぶる〉
に寄り、コーヒーを飲んでいました。地下1階へ下りるとすごく広くて天井も高い。とにかく居心地がいいからくつろげる。最近は暑い夏の時期、サクッと1杯だけビールを飲みに入り

現実から逃避するために、真正面から音楽と向き合う。|Oneohtrix Point Never

 普段はNYに住んで活動しているんだけど、やっぱりクレイジーな街だと思う。昔から変わらないと思うけど、新しい音楽が次々と生まれてくるし、情報が氾濫していて。少し生活環境を変えようと思って、新しいアルバム制作のために、西マサチューセッツに1ヵ月間家を借りることにしたんだ。もともと僕の生まれた場所で、自然が多く、本当に落ち着く環境だった。でも、本当に田舎で、よそから引っ越してきた人が珍しいみたいでさ。

アイドルになるにはなにより「運」が大事です。

昨年夏、秋元康さんがテレビ朝日と立ち上げたオーディション番組『ラストアイドル』のPRに参加しました。1980年代の〈おニャン子クラブ〉から、現在の48グループ、坂道シリーズまで、女子アイドルの歴史を牽引されてきた秋元さんの仕事術を知れるチャンスと思い、引き受けました。当初のルールは挑戦者が暫定メンバーから1人を「指名」し一騎打ち、勝ち残った7人のみがデビューできるというもの。勝敗がたった1人の審査