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ラーメン

【経堂に魔がすむ。】経堂に颯爽と現れた南インド料理。

 前回の湖南料理の店「香辣里」は、あの発酵中華のすっぱ辛さが癖になり、取材後すでに、2回もリピートした。なんでか知らないけど、短期間に何度も行くとなんとなく「また来ちまいました、ぐへへ」というような卑屈な気持ちになるのだが、今回もすでにそうなってしまいそうな気持満載である。

 なにしろ今回訪ねる南インド料理屋「フードタイム」は、私が疲れたとき酸素カプセルに入りに行き、そして「やしげる」という強烈

あの台湾ラーメン〈味仙〉に、 メニューに載せられない辛さがある。 そのレベル、エイリアン級!

名古屋めしの代名詞になりつつある台湾ラーメン。その元祖といわれている〈味仙〉の台湾ラーメンはもともと辛く、「アメリカン」という辛さ控えめのメニューがあるほど。そんな中、裏メニューである2倍の辛さの「イタリアン」、4倍の辛さ「アフリカン」をもしのぐ、「エイリアン」という2種類の唐辛子をミックスした未知の辛さが存在するとの噂を聞きつけ注文。出てきた丼を見ているだけで、すでに目に辛さが十分に伝わってくる

舌がバカで残念です。

食べることに興味もあるし、仲間とおいしい店を食べ歩くのも好きなんですが、いかんせん味がいまひとつわからないのです。ワインの飲み比べなんてもってのほか。小腹が減るとついついラーメンや蕎麦のチェーン店に入ってしまいます。絶品をみんなと共感して味わう至福の時間を過ごしたいのですが……。(イラストレーター/46歳/男)

朝も夜も活気がある、グルマン御用達市場。柳橋

東京の築地が食いしん坊の心をくすぐる存在だったように、名古屋の台所といえば明治43(1910)年から続く柳橋中央市場。名古屋駅近くの立地ゆえ、60年代にビル化された都市型の市場がいま、変化を遂げつつある。注目したいのは卸売店に交じり、昼も夜も楽しめる飲食店が増えていること。その流れは〈マルナカ食品センター〉から始まった。空き店舗を活用して、早朝はもちろん昼や夜も営業する飲食店が登場し始めたのが20

相模原の住宅 | 野沢正光

川県郊外の住宅地で、特に目立つことなく、むしろ紛れ込むように野沢正光邸は立っている。48歳の時に造って27年。一人娘は独立し、通訳や翻訳の仕事をする妻との2人暮らしだ。建物は天井が低く開口部が大きい鉄骨造。センダンの大木を囲むように配した2つの棟と、それをつなぐ階段室から成っている。吉村順三や大高正人に学び、清家清の抑えたプロポーションを愛する野沢らしい、とてもささやかな住宅だ。
 
敷地には坪庭

チキンハウス | 吉田研介

「この家は、きちんと片づいている景色がいちばんいい。こうして椅子に座って眺めるとなおさらいい」「15年前、コルビュジエの〈母の家〉を見に行ったのだけれど、私の家の方が断然いいなと、心からそう思ったんですよね」
 
次から次へと、衒いのない言葉があふれ出す。吉田研介の自邸は、モダン住宅全盛の1975年、若手として頭角を現し始めていた吉田が37歳で建てた木造住宅だ。チキンハウスの意味は「拙宅」。欧米で