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バーテンダー

TCRC

台南っ子の間で夜ごと話題に上るバーが〈TCRC〉。店主を筆頭にバーテンダー陣が台湾国内のカクテルアワードで毎年入賞を果たしているため、その名は全国レベル。台北からも客が押し寄せ、開店前から大行列をなす。確かに、旬の果物やフレーバード・ジンを巧みに使ったカクテルはハイレベル。今年1月には改装し、盛況に応えるべく店内が少し広くなった。行列しつつ一杯を待つのも、台南の夜のアツい過ごし方なのだ。

ハゲとグラスホッパー。

 俺のサロンにハゲのお客様がちらほら来てくれている。そこでよく聞かれるのが、ハゲにいいシャンプーありますかね? 石鹸でいいんじゃないですか、とは決して言えない。俺も職業柄いろいろ試すし、デパートなどにも探しに行くが、メンズ専用といえばスポーツ系のメントールの入ったスースーするものが主流。これじゃつまらない。第一、ハゲにとっては寒すぎるし、夏の疲れで弱った頭皮にもよくない。メンズとはいえ、常に心に花

世界で活躍する日本人バーテンダーが考えたこれからのバーの形。

 バーの新時代到来を予感させる店が、今年6月、東京・渋谷に誕生した。オーナーは2006年ニューヨークへ渡り、12年に『バカルディ レガシー カクテルコンペティション』でアメリカ代表として世界一を獲得した後閑信吾さん。14年、上海にオープンしたバー〈Speak Low〉
は、『Asia's 5‌0 Best Bars』で3年連続トップ3に選出されている。日本が世界に誇るトップバーテンダー、満を持して

テーマ〈続・蚊帳の外〉

やつい 昔、後輩のゲッターズ飯田が売れる前に、占ってもらいまくってたんです。犯罪者になるならどんな犯罪をするかって占ってもらった時に、痴漢が出ると、みんな笑うんですよ、バカにして。殺人が出るとうぉーってなる。罪が重いほど尊敬するみたいな。これは刑務所の中でも同じことがあるだろうなと思いましたね。
宮沢 嘘つけないのかな、5人殺してきたんだけどって。看守に本当ですか? って聞いたりして。
やつい バ

「黙々とカクテルを作ることだけが仕事じゃない」。バーテンダーが語るバーの奥義。

ロジェリオ・五十嵐・ヴァズ 僕がシューマンさんと出会ったのは15年くらい前のこと。この〈Bar TRENCH〉(以下トレンチ)にも来てくれたことがあるし、世界各地のカクテルショーでも何度も見かけていて、まさに「カクテルのあるところにシューマンあり」!特にシューマンさんの著書『Schumann's American Bar Book』(91年刊)には世界中のバーテンダーが影響を受けました。僕もその一

BAR 鎹

バーと思って訪れるとブックカフェのような設えに面食らうが、オーナーが装丁デザイナーの河底典宏氏と聞けば納得。山谷頼子さんは、神楽坂〈夢幻〉勤務時代に河底氏に出会い、今の店を立ち上げから任された。
 まだ31歳だが、修業歴は10年。その多くを神楽坂で過ごした。モルト専門店もあればカクテルのカリスマもいる町で、何をウリにするか。考えたときにコーヒーが頭に浮かんだ。昔から大のコーヒー好きで、一度はコーヒ

櫻井焙茶研究所

ウイスキーに煎り番茶、ラムに焙じ茶、ジンに煎茶、ウォッカには抹茶の原料となる碾茶。ハードリカーに茶葉を漬け込んだ「茶酒」を味わうなら、西麻布から青山へ移転した〈櫻井焙茶研究所〉を訪ねよう。白衣を着たスタッフに導かれ、茶室のような静謐さをたたえたカウンターへ。茶房と名づけられたこのスペースで、茶や和菓子とともに、「茶酒」やカクテルを提案するのが、所長の櫻井真也さんだ。大学時代にバーテンダーデビューを

Aslun

雑居ビルの2階。居酒屋やエスニック料理屋の看板が並ぶ中廊下は猥雑な雰囲気だが、〈アスラン〉の店内は別世界。
 ブビンガ材の一枚板で仕立てたカウンターでリーゼントヘアの店主・能條貴史さんがお出迎え。バックバーに並ぶ酒は約400本。その約8割がウイスキーだ。オールドボトルも多いが「日本人は酒を味わうにも素材の味を繊細に、となりがち。もっと自由に楽しんでいただきたい」と、カクテルでの提案にも積極的。勤め

Bar Rocaille

ファイヤー通りに面したビルの6階に、14時開店のバーがある。一面ガラス張りの開放的な店内で、昼酒を傾ける至福のひととき。ここは渋谷〈バー・アドニス〉の姉妹店。ホワイトグレーを基調とした内装と、ベージュ色の大理石カウンターが都心のハイダウェイを思わせる。出迎えてくれるのは板橋広通さん。遅咲きの28歳でバーテンダーを志し、アドニスに入店。鈴木健司氏の薫陶を受け、2015年には新店を任されるほどに。「修

Bar Private Pod

8年前、「自分たちの世代が気軽に行けるバーを」と、地元・経堂に店を開いた石村正樹さん。が、激戦区で勝負したいと、2016年には新宿に2号店を出店。17年はオランダ〈ルーカス・ボルス〉社主催の国際的なカクテルコンペティションに出場し、ファイナリストとしてアムステルダムで開催された決勝大会にも出場した。
 モダンガストロノミーの技法なども取り入れたミクソロジーカクテルとの出会いが石村さんの転機になった