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長崎

池尻 浅野/酒井商会

池尻 浅野

●池尻大橋

自家製の“つまみになる調味料”で飲ませる。

 コースの1品目、アラカルトでもオーダーできる前菜お任せ四品盛りは、例えば今ならモズクの酢の物に、旬の丸ナスのムース仕立て、鴨の脂と黒コショウを効かせたトウモロコシのすりながしなどが並ぶ。店主の浅野雅さんは和食一筋で歩んできたが、3年勤めた神泉〈ぽつらぽつら〉で洋の味を取り入れたつまみやワインに開眼。自らの店でもそのスタイル

アスリートの勝負メシ。

 1980年代のこと、早稲田大学ラグビー部の面々は、試合前日には、とんかつを食べる  と当時の雑誌で読んだ記憶がある。敵に「カツ」ってことですよ。いいね、このシンプルな発想! 単純な中学生はそれを真似て、試合やテストの前の日にとんかつを食べたなんてこともあったな。
 とんかつは、昭和を代表するいわゆる「勝負メシ」であったわけですが、いまはスポーツ栄養学が発達して、いろいろなものが勝負メシになってお

宮崎恵梨/ペンギンフリーク

なれるものならペンギンになりたい!」と語る宮崎さんは、〈すみだ水族館〉の年間パスを持ち、暇さえあれば1人でペンギン観賞へと足を運び、ひたすら眺め続ける(職場が近かった頃は毎日通っていたそう)。憧れのコウテイペンギンとの暮らしを夢見て、本気で飼う方法を調べたけど、あまりの高額っぷりに断念。寂しさを紛らわすために、ペンギングッズをコツコツと収集。絵本やぬいぐるみから、防災グッズまで。気づけば溢れんばか

終戦、引き揚げ、日本での闘いが自分を支える大きな幹に。|宝田 明

仕事始めて3本目かな、「お前に今度主役をさせてあげる」、えーーー! 今まで「新人宝田明」と出ていたのが、一番右端の一番最初に書かれるんだ 真っ赤な台本にはカタカナでゴジラと書かれている。当時はゴジラって何ですか? という感じで。空想、長編、科学映画、今でいうサイエンスフィクションだよと。ゴジラは会社にとっても一種の賭けっていうかな? 日本は唯一の広島・長崎の被爆国家だし、昭和29(1954)年に第

小さなポケット付きTシャツ。

約5㎝四方の胸ポケットが付いた〈スティル バイ ハンド〉のTシャツ。従来のTシャツに比べてワンサイズゆとりのある身幅でパターンメイクされたリラックス感のあるシルエット。だらしなく見えないように、袖はすっきりとしたドロップショルダーになっている。6,000円(スティル バイ ハンド/スタイルデパートメント☎03・5784・5430)

酒場と父親。|ホンマタカシ

 子供の頃、父親が酔っぱらうのを見るのが嫌だった。父親は商売を終えて夜、家のリビングでサントリーオールド(ダルマという愛称で呼ばれていた)のロックか水割りを飲むのが好きだった。別段、酔って暴れるとか絡んでくるというわけではなく、ただ1人でユックリと晩酌をしているだけだった。父親は顔が普通の人より長く、映画の斬られ役が集まった悪役商会のメンバーのようなちょっとドスがきいた顔をしていた。そんな父親の顔

力道山の愛した店。

 昭和40年代まで渋谷に聳え立っていた、伝説の複合施設リキ・スポーツパレスの2代目総料理長を務めた力道山お抱え料理人、高梨正信さんが腕を振るう洋食屋〈香港〉。興行のプロモーターを引き受けるなど、日本のプロレス史とともに歩んできた彼のもとには、今も錚々たる顔ぶれのレスラーが通う。力道山が最も愛したメニューは、牛肉450gを使った1ポンドステーキをレアで仕上げたもの。東京人の舌に合う飽きのこないオリジ

文化は、モノを捨てないことから生まれた。|立花 隆

「モノを残すというのは人間の本能なのです」。立花隆さんは、高校時代から本をほとんど捨てずに生きてきた。昨年刊行された『立花隆の書棚』(中央公論新社)では20万冊もの蔵書が紹介されていて、「書棚を見ると自分の『メイキング・オブ』が見えてくる」(『立花隆の書棚』
より引用)と綴っている。取材で訪れた自宅兼事務所である通称“ネコビル”と“三丁目書庫”は噂通り本がひしめき合い、特に3階建てで地下室もあるネ