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タコスファンが唸る、知る人ぞ知る名店が和歌山に。メキシコ料理店〈メシカ〉

一枚のタコスのためだけに和歌山に向かう理由がある。ひとつの国の料理を究めることは、その国の文化研究者になること。そんな姿勢で営まれるメキシコ料理店〈メシカ〉をご存じだろうか?日々、オーセンティックな“純メキシコ家庭料理”を徹底追求する店主、山口恭子さんに話を聞いた。

photo: Yosuke Tanaka / text: Yusuke Nakamura

メキシコの文化遺産、伝統的なレシピに忠実に

JR和歌山駅から徒歩15分ほどのロケーションにある〈メシカ〉。住宅街でひときわ目を引くライトブルーの扉が目印。元・喫茶店を改装したという。

店主の山口恭子さんは以前、東京でケータリングのレシピ開発に携わっていた30歳の頃、メキシコ料理に開眼。「イタリアン、スパニッシュ、和食など、そのどの世界にも当てはまらない魅力」に引き寄せられたのだそう。その後、広尾の老舗〈サルシータ〉で修業し、2017年に「メキシコ料理店がひとつもなかった」和歌山に帰郷。〈メシカ〉をオープンさせた。

タコスという料理は自由度が高く、日本でも多様なアレンジメニューが存在する。だが、こちらは原理主義。フュージョン系のモダンメキシカンでも、屋台のストリートスタイルでもない。いうなればオールドスクールな純メキシコ家庭料理店。ユネスコの世界無形文化遺産であるメキシコの伝統的なレシピに忠実であるだけでなく、現地の家政婦やおばあちゃんたちからも古き良き家庭料理の教えを授かったという。

「可愛い発想」の古き良き習わしも実践

山口さんいわく「タコスはもちろん、メキシコ料理は本当に手間がかかる。ヤングコーンの粒をひとつひとつ取ったり。“わざわざ”が多い。でもその文化的背景を想像したり、大事にしたくて」。

仕込みに時間のかかるトラディショナルな料理のみならず、民間伝承に基づく「メキシコならではの可愛い発想」の調理法をも日々実践しているから面白い。

例えば、トルティーヤには表と裏があり、焼く温度も異なり、焼き色も変わる。「焦げ色が付いて綺麗な方が顔」で、タコスの具を載せる際は「食べる人と目が合うように表の顔に具を載せる」のだそう。他には、メキシコのちまき、タマレスに「歌を聴かせると美味しくなる」など、「トウモロコシを神様として捉え、意思を持っている」ように扱う。そんな現地の古き良き習わしも大切にしている。

店内の黒板

伝統のオーセンティックな調理法に忠実。それは基本、無添加の食材を使用するということでもある。ラードは自家製で、パラペーニョとハバネロも実家の畑で栽培。現在、タマレスを包むためのバナナの葉も栽培中だそうだ。そして、トルティーヤはその日の分だけを焼き、出汁を丁寧に引くことも「絶対に手を抜けない」と気合いの入り方が違う。

調理器具、鉄板のコマルやホーロー鍋、器も現地産で「担いで持ってきた」そうだ。木製のトルティーヤプレスに関しては「現地で探していたけど良いものがなかなかなくて」と、山口さんのお父さんの手作り。

今も度々現地に赴き、先日はシナロア州(メキシコ麻薬戦争の地としても知られる)にまで、ひとり足を運び、リアルな食文化を学んできたそうだ。あらためて、ひとつの国の料理を究めることは、その国の文化研究者になることでもある。

木製のトルティーヤプレス
お父さんが作ったという木製のトルティーヤプレス。「これがかなり使いやすい」と山口さん。

「メキシコおばさん(笑)」流の料理を追求

そういえば以前、「メキシコが好きすぎて、もう自分自身がトウモロコシになりたい」と話していた山口さん。有言実行?先日ついに、自身のくるぶしから首にかけたトウモロコシの巨大タトゥーが完成。溢れるメキシコ愛とその覚悟にはシビれるしかない。和歌山に寄った際は……、いや、一枚のタコスのために和歌山へ向かう価値がある。

店主の山口恭子さん
店主の山口恭子さんは和歌山の日高町出身。トルティーヤはすべてメキシコ産100%の無添加ブルーコーンの生地で、焼くのはその日の分だけ。昔ながらのトルティーヤウォーマーで保湿、保温する。

「開店して7年、やっと自分がメキシコおばさん(笑)になれたと思う。メキシコ人にも、これが私のタコスだと胸を張って出せる自信がついた。現地では同じメニューでも、地方や料理する人によって、具材や味がかなり違う。ようやくレシピの基礎が固まったと思うので、今後は教えてもらった通りだけでなくアレンジして、自分流のメキシコ料理を追求していきたい」