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岩手

「このレースは難しい展開になるぞ」

三車そろいました。ココは暗闇レース場、世界一難しいといわれているコースです。走り出したらすぐに暗闇、自分がどこにいるのかわからなくなり、さらにゴールが何処だかわかりません。ですから、それぞれガムシャラに走っていただき、偶然にもゴールに着いた者が勝者となります。1号車は黒住たけし秋田出身、2号車は黒田かんたろう岩手出身、3号車は黒沼じんすけ東京出身、さあ、暗闇に向かって漕ぎ出しましょう。

裸体デモクラシー。

ヌードを芸術として描き、公の場で鑑賞するという文化が日本に入ってきたのは明治後期。美しい裸体表現は精神の美を表す手段であると考える西洋では、ヌードが絵画の重要ジャンルであり、宗教画の場面という言い訳でエロスとしてのヌードもたくさん描かれてきた。が、日本ではそういう西洋のヌードに触れるまで、エロスを描いた春画はあれど「裸体」ジャンルはなし。日本の裸体デモクラシーは意外と最近のことなのだ。明治中期に渡

[ 東北 ]冬を乗り越える先人の知恵が生きる。

地域ごとに、気候風土が異なる日本列島。津々浦々を探してみると、その土地の風土に合わせ進化した、特徴あふれる調味料が選びきれないほど見つかります。土地と食材の魅力を知り尽くした料理人たちに、お薦めの3品を教えてもらいました。使い方のワンポイントアドバイスを参考にしながら、調味料で日本一周してみては?

六月の鹿

 盛岡はスターバックスが中心部から撤退せざるを得なくなったほど、個人経営の喫茶店が人々に深く愛されている街だ。一関出身の熊谷拓哉さんが盛岡へ移り住むきっかけは、図書館で読んだ一冊の雑誌だった。
「そこに盛岡の〈機屋〉というコーヒー店が載っていて、見出しに“開店直前に2トンの豆を持っていた”と書いてあった。何だそれはと思ったんです。当時はコーヒーのことをぜんぜん知らないから、焙煎した状態の豆しか思い

雪山から帰ったら、気持ちと態度がデカくなりました。|三浦雄一郎

 生まれは青森県青森市で父親・敬三は当時営林署という山の役人をやってました。冬の八甲田に入ってはスキーと写真に熱中して、当時の山、スキーを好きな人たちに「八甲田の主」と全国的に知られていた。僕も3歳くらいから八甲田に連れていかれて、スキーを始めました。青森はちょうど『おしん』の頃で、冬になれば除雪も何もなしですから、馬が橇をひいて首の鈴をシャンシャン鳴らしながら家の前を通っていく、そんな時代です。

馬ッコツナギ

 岩手県の農村には藁で編んだ馬を、田の水の取り口や井戸、氏神、道の分岐点などにお供えする風習が数多くあります。村ごとにその方法や馬の形は様々。今回ご紹介するのは花巻市大迫町に伝わる「馬ッコツナギ」。岩手の藁馬の古くからの習わしを最もよく残しているといわれています。馬が備えられるのは6月15日の早朝。うるち米を砕いて練ったシトギを葛の葉でくるんだものを藁馬の口にくわえさせ、これを抱えて駒形神社へ向か